5.2 物質循環把握のための調査マニュアルの策定
物質循環システムを修復するためには、まずシステムの現状を的確に把握することが必要である。特に、対象海域固有の物理条件のもとで、干潟、浅場、藻場などの生物機能がシステム全体にどう関わっているのか、また、貧酸素等によって生物機能がどのように脅かされており、その結果どのようなひずみが生じているのかを把握する視点は重要である。
シミュレーションモデルは、この物質循環システムの挙動を把握するために有効なツールの一つであり、これまでに干潟における生物機能を定量化した干潟生態系モデルや、内部生産や物質の沈降、分解など汚濁に関わる諸過程を表現した富栄養化モデルがいくつか開発されている。循環システムの現状を理解し、改善効果などを予測するためには、これらのモデルを用い、汚濁の仕組みと生物機能の現状を定量的に表現することが有効と考えられる。
しかしながら、このようなモデルを構築するためには、現地においてモデルの構成要素となるデータを取得する必要がある。物質循環に係る諸過程は、基本的には系外との物質のやりとり(収支)と、系内での物質の生産、分解、沈降、溶出などで表現されるが、これらは濃度や現存量のようなある時間断面での値ではなく、単位時間あたりの量、すなわち「速度」として表される。したがって、物質循環の把握にあたってはこの「速度」を測定することが必要になるが、濃度や現存量の測定に比べて技術的に難しく、測定指針も十分に整理されていないのが現状である。また、近年、微小プランクトンやバクテリアの挙動とこれらを介した食物連鎖系(microbial roop)が、海域の物質循環において重要な役割を果たすことが明らかになってきている。しかし、これらを調査した例は少なく、調査技術も確立されているとは言えない。
物質循環の実態把握はシステム修復計画を策定するうえで欠かすことができないが、上述のように、精度良く解析するには多くの技術的課題が残されており、また、必要な調査項目や調査方法の整理も十分になされていないのが現状である。今後は技術的な研究開発を進めるとともに、現時点で必要と考えられる調査項目やその調査方法を整理し、それを「物質循環調査マニュアル」として、環境改善に取り組む事業主体などへ提供することが望まれる。