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8. あとがき

 

国際北極海航路計画(INSROP)は、北極海航路(NSR)及び周辺海域に関わるプロジェクトとしては過去類例のない規模の、かつ幅広い視野での国際共同研究事業であり、167編の研究論文、成書刊行、国際シンポジウムの開催などを通じてその成果は高く評価された。少なくとも、NSR及びその関連問題について、INSROPを凌駕するような包括的かつ詳細な研究成果は見当たらないであろう。

市場原理に基づく仕組みや活動に対してアンチテーゼが提示され、持続的発展、あるいは持続型社会の提言が聞かれる現在、市場原理の理解を説くことにはいささか違和感を禁じえない。しかし、NSRはロシア領海内の航行が中心となるため、ロシア側で自由経済の市場原理について西欧社会と同様な理解なしにはNSRの啓開はあり得ないことも事実である。

北極海は、大循環、深海流の生成、地球温暖化モニタリングなど、地球環境の上から最も注目されている海域である。また同時に豊富な資源の眠る海域でもある。いずれ世界が、とりわけ我が国が、これらの資源に深く依存する時代が訪れるのは時間の問題である。

北極の海は、無限の海から限りある海の認識と言う、新しい基本理念を遵守しつつ、21世紀に向けて今後我々人類が有限な地球生態系の中で、海洋と、さらには水の惑星地球と共生し得るか否かが真に試される場でもある。

INSROPのもう一つの成果は、国際協力の実を挙げたことにある。INSROPはロシア、ノルウェー、日本の3カ国を中心に実施してきたが、最終的には14カ国390名の研究者がかかわって完成したものである。このような国際協力事業は、外交二輪の一つ、民間外交の一翼を担うものであるからである。極めて日常的な個々の問題を検討吟味することにより、彼我の相違を認識し合い、それぞれの価値観を認めた上での合意を探る努力が払われる。つまり、各論の議論を通じて、総論のおぼろげな姿を模索し、構築する。このような作業過程を経て、相互理解を深め、折々の外圧や好ましからざる環境によって、紆余曲折はあっても、双方の信頼を確かなものにすることができる。このようなアプローチは、広義での民間外交ならではのものであり、本来の事業目途、成果同様に貴重な成果となった。

NSRの啓開にあたっては、INSROPの実施によってさまざまな問題や課題が公になり、整理されたが、すぐに商業航路として利用できるわけではない。NSR実船航海試験や各種調査研究によって要件の認識確認が行われ、また、事業成果を総括した上で商業航路としての啓開のシナリオをより明確にし、啓開にとって支障となる問題点を明確にすることができた。

ここに、恒久的な商業航路として成立するためには次の要件を満たす必要があることを述べておきたい。

1) 想定航路に対する充分かつ信頼性の高い水路調査資料があり、利用できること。

2) 航行保全上の支障、懸念を起こさない程度に航路周辺における気象・海象状況が把握されていること。

3) ハード、ソフト両面における航行支援システムが確立されていること。

 

 

 

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