4.3.6 国際法から見た評価
ロシア政府が現在定めているNSRの運航規則は法制的に問題がない訳ではない。領海の範囲は1982年に採択された国連海洋法条約により12海里に統一されているが、主たる論争は海峡の通航権に関する法律的な解釈に起因している。本節では、議論されている法制的な問題点を紹介する。
国連海洋法条約(UNCLOS)234条
国連海洋法条約234条は「沿岸国は、自国の排他的経済水域の範囲内における氷に覆われた水域であって、特に厳しい気象条件及び年間の大部分の期間当該水域を覆う氷の存在が航行に障害又は特別の危険をもたらし、かつ、海洋環境の汚染が生態学的均衡に著しい害又は回復不可能な障害をもたらすおそれのある水域において、船舶からの海洋汚染の防止、軽減及び規制のための無差別の法令を制定し及び執行する権利を有する。この法令は、航行並びに入手可能な最良の科学的証拠に基づく海洋環境の保護及び保全に妥当な考慮を払ったものとする。」と規定し、氷海域の沿岸国に環境保護を目的に、独自の法令を定めることを認めている。本条項がロシア政府、カナダ政府が独自の氷海航行規則を制定している拠り所である。
NSRの運航規則
国連海洋法条約234条に基づきロシアは、NSRの航行規則"Regulation for Navigation on the Seaway of the Northern Sea Route"を1990年に制定し、1991年9月に施行した。本法令は、NSRにおけるロシアの基本的な法制の拠り所となっている。排他的経済水域内およびその外側である公海における運航を規定している。4.3.5にNSR通航規則の一部を既に紹介したが、その特徴は以下に要約できる。
1) NSRを航行する場合、船舶は特別に定める技術的な運航上の要件を満足する必要がある。船長またはその任にあたる人は氷海航行の経験が必要である。経験者がいない場合は、先導するために、当局はロシア国家のIce Pilot(s)を当該船舶に派遣する。
2) NSRの運航を認めるための一つの必要条件として当該船舶が引き起こす海洋汚染に対する民事損害に対して十分な支払い能力を有する証明を有することが必要である。
3) NSRを通航する船主または船長は、当局に通航の事前通知と要求される書類を提出する必要がある。書類は審査され、諸般の事情を考慮し通航の可能性を提出者に通知する。
4) ロシア運航サービス機関である運航管制所により、NSRの航行は管制下に置かれる。運航管制所は北極海航路局の下部組織であり、ムルマンスク海運会社と極東海運会社を母体とする組織である。