11. 思いがけない40年前の出生証明
大阪府大阪市住之江区
行政相談委員 児玉 光男
大阪市住之江区は、人口13万6千人、外国人登録人口2千996人です。外国人の行政相談と言っても特にこの制度を知って相談に来たのではありませんが、偶々申出人が自分の出生届の証明取得の相談に町会長を訪ね兼務する委員に相談する結果となったものです。
申出人は、寝屋川市に在住の女性(42才)で昭和31年9月3日、住吉区南賀屋町339で生まれたが何らかの理由で出生届が出されて居らず、最近本国の戸籍に自分だけ脱落していることが判明した。そこで急遽領事館へ申請の手続を進めたが出生証明が必要とのことで住吉区役所へ行けば簡単に貰えると安易に考えて行った所、40年前の案件であり、出生の届けも無い、49年に住之江区に分区(住吉区から)されている、当時を知る両親もすでに他界して聞くことも出来ず全くお手上げの状態となった。その時ふと幼少の頃母が教えてくれた、「お前を生ませてくれたのは住吉川の産婆さんの先生や」と語っていたことを思い出したので、住吉川の町会長さんにお聞きしたら産婆さんの近況が判ると思って参りました、宜しくお願い致します、とのことであった。
申出人の話を聞いているうちに奇しくも探している産婆さんは委員の母親で、昭和9年より昭和56年83才でこの世を去る迄、終生を現役助産婦で白衣を纏い自転車に乗って走り回っていた姿を思い出し、困っている申出人を今は亡き母が呼び寄せたのでは無いかと偶然の奇縁に驚いた次第です。折角尋ね当ててきた申出人の為にも願いを叶えて上げようと3日間返事を待ってもらうことにして帰ってもらい、早速物置から押入と探すが母の遺品の中にはいくら探しても資料は見っからず半ば諦めたものの、翌日家内がもう一度と探した二階の物置から段ボール箱を発見し、開けて見ると中には数十冊の大学ノートがびっしりと入っていました。その中に
昭和31年度9月 原籍 慶尚南道金海郡○○面○○里
現住所 住吉区南加賀屋339 父 浜 ○○(日本名) 母 李 ○○
九月三日 午前十時四十分 女 七百匁
と書かれたページを見つけました。
早速申出人に連絡すると直ぐに来宅、大学ノートに書かれた此の僅か五行の文字の中に父母の姿を偲び、女七百匁の文字が40年前の自分である事を知って感無量の涙を流し、深く感謝と喜びいっぱいで此のコピーを持って寝屋川へ帰っていかれました。
申出人の相談事案が無事解決処理された時は、行政相談委員としてお役に立てた喜びとともに、これからも明るい地域造りのため親しみを持たれ信頼される行政相談委員の道を歩みつづけたいと念願して自ら強く励ましております。