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逆風帆走ともなれば帆をほとんど船首尾方向に近く張ることさえある(図5、6)。帆の上縁は帆桁(ヤード)に固定されており、帆桁は左右の手縄(ヤードブレース)で自由に振り回せるから、広い範囲に向きを変えることができる。問題は帆の下縁で、風向に応じて甲板や舷側のあちらへ止めこちらへ止めしなければならぬ。

一番大変なのは5節の「下手まわし」(図10)である。この操船では帆を張る角度を一方の極限からもう一方の極限まで、できるだけ手早く回して行かねばならぬからである。

弁才型帆船の帆の下縁の止めかたは世界でも特異なもので、帆の一反づつの下縁から帆足と称する比較的細い索を垂らし、この多数の索を一本づつ甲板上に止める(図2)。帆柱のすぐ後ろで両舷側を結ぶ「大渡し」と称する索具があり、追い風のときにはこれに全部の帆足を止めるが(図4)、横風ともなればこれはもう効果的には使えない。帆桁だけ回したのでは帆にひどいねじれ(bad twist)が出て帆の空力性能が落ちてしまうからである。それで昔の水主たちは開き走りでは帆足を舷側の垣立とか、時には甲板貨物の上などに適宜結びつけていたらしい。これで迅速な下手回しをするには神業を要する。

浪華丸では現在の乗員の技量と安全の観点からこの部分についてはかなり思い切った変更をしている。しかしすでに述べたように、いったん帆の開きが定まってしまえば帆の形は上手に張った昔の帆と変わらないはずである。下手回しの容易さと安全確保の上ではこの手直しした綱取りは決定的にすぐれている。

それは帆の下縁の全長にわたって25ミリ径のフットロープを通し、各帆足を全部このロープに止めてしまい、余った帆足は小さく束ねてフットロープからぶらさげておく。帆の位置と大体の形が決まってから、必要に応じて束をほどき帆足を引くことができる。

フットロープの両端にアイ(eye)を作ると大きな四角帆の両下隅を引く強いポイント(クルークリングル、Clew Cringle)になる。右開きか左開きかに応じてその一方は船首付近の舷側に引き付けられ、もう一方は反対舷の船尾舷側から延びるシート(操帆索、帆の風下の下隅を引く索具でその伸縮で帆の開きを調節する)に止められる。

このアイには伸ばした長さ17メートルの4重テークルがそれぞれ2組取り付けられ、その固定側滑車の一個は「胴の間」前端の舷側に、他は舵の真横あたりの舷側に固定される(図11)。この2組のテークルの方を伸ばし一方を締めることで帆の両下隅(clew)は舷側に沿う任意の位置に移動でき、しかも操帆のどの場面でも帆の下縁が自由になって暴れる可能性がない。帆足をいったんほどいて手で持って甲板上を移動するのでは危なくて仕方がない。なお船尾側のテークルはそのままシート(操帆索)として使われる。

なおこのフットロープは弁才船では使われた例を知らないが、世界の他の地域では古代から中世にかけての一本マストの横帆船ですでに広く使われている。帆の下隅(クルー)に付けるテークルも西欧では中世以降はよく見られ、特に目新しい艤装ではない。

 

(3) この他に附加した艤装としては合計6個のヨット用手回しシートウィンチがある。倍力率25〜45倍のこれらのウィンチは(2)に述べた操帆テークルを引くのに活躍したほか、次節に述べる係留作業にも大変重宝であった。

 

 

 

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