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結論は(γ+β)=110°〜150°あたりの斜め後ろの風に対しては上述のテークルで帆の位置をおおよそ決めたのち、帆足を舷側や甲板上の適当な場所に次々に引き付ける、いわば「大渡し」を斜めに張ったに等しい網取りが最善であろう。今回はそこまで出来なかったが、結果はおそらく図9の5] の破線のようになるものと期待される。

 

(6) 一番速く走るのは横風で、風速の1/3を越える船速が計測されている。横風では船が走っても帆に当たる風の勢いが落ちないからである。図8の写真の状態では船速は7ノットを上回っていた。すでに述べた船底汚損のことを考えればきれいな船底ならばこの数字はさらに上がるであろう。

 

5. 浪華丸の操縦性能について

 

定常的な帆走性能に加えて帆船の航海能力に大きい影響を持つのは操縦性能、特に「上手回し」や「下手回し」などの帆の開きを変える操船の性質である。ここで帆の開きを変えるというのは船を回頭させて風を受ける舷を右から左へ、あるいは左から右へと変える操船をいう(図10)。本マストに巨大な横帆一枚の弁才型帆船では船首を風上へ回して開きを変える「上手回し」はほとんど不可能でもっぱら「下手回し」を行なったと見られるが、風にさかのぼって帆走する時の下手回しはせっかく稼いだ風上方向の距離の一部を捨ててしまうので(図10)、下手回しに際してはできるだけ小回りをして、この損失を最小にとどめることが望まれる。

このことは広い海面ののぼり帆走(逆風帆走)でもいえることではあるが、それが沿岸部や出入港など、狭い海面での逆風帆走では致命的である。そのような状況では少し走るともう開きを変えねばならず、その度に風上へ進んだ距離を大きく失っていては何時までたっても風上へ進めない。

今回の浪華丸の帆走でもこの点に留意して、下手回しの度にGPS計器で航跡を記録して風上距離の損失を測っている。解析にあたって潮流の修正に問題があり現在なお最終結果を得るに至っていないが、概略の値としては風上方向の損失距離が約200メートルとなっている。すでに述べたように風に対して75度でのぼったとすると、約800メートル走って風上へ稼いだ分を一回の下手回しで失うわけで、これでは出入港などでの逆風帆走はかなり困難であろう。

この点からいうと、多数の帆足(ほあし、帆の下縁から下へ垂れるロープ)で帆を船体に止める弁才型特有の綱取りは迅速な下手回しには適さない。往時の水主たちは熟練と腕力で困難な作業をこなしたのであろうが、とても現在の乗員では扱えない。そこで後述するように浪華丸では帆の下縁に太いフットロープを附加し、その両端のアイにそれぞれテークルを着けて操帆することにした。それでもなお上記のように風上距離の損失は軽視できない。

ついでながら明治に入って間もなく弁才型帆船は在来の横帆に加えて船首三角帆(ジブ)と船尾の縦帆(スパンカー)を装備するようになるのだが、この洋式帆装の最大の出番は狭い海面での逆風帆走ではなかったかと考えられる。大きな横帆を下ろしてしまってジブとスパンカーで帆走すればおそらく上手回しができて、開きを変えるときの損失をほとんど無くすることもできたであろう。

 

 

 

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