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スエズ運河を通過する貿易の点で、運河閉鎖による影響を受けるのはトルコとギリシャだけであろう。そうであったとしても、通過する貨物のなかで大きな比重を占めるのは原油と石油精製製品であって、これらのサプライソースは湾岸地域以外にも多い。また、スエズ運河を経由する貿易額が2国のGDPに占める割合は、1994年でそれぞれ2.4%と5.7%でしかない。運河の閉鎖によって、これら2国のスエズ運河の東側のマーケット向けの輸出競争力が弱まったとしても、中央および東ヨーロッパの経済は発展を持続しているので、2国は輸出市場をなくして困ることはなかろう。

スエズ運河の閉鎖により最も甚大な被害に遭うのは、言うまでもなくエジプトである。1994年のスエズ運河の通行料収入は月間1.5億ドルであり、エジプト政府の外貨獲得源の上位4指のうちに入る。運河からの収入がなくなることは、社会不安につながり、ムバラク政権の没落を招くことになろう。そのことは、外国の軍隊の侵入を正当化する口実を与える。しかしながら、エジプトがスエズ運河の重要性を認識しており、大変厳しい警備体制を予め敷いていることは、付記しておかなければならない。

 

3.3 ホルムズ海峡

 

経済面での理由からSLOCを防衛すべきとする識者が切り札として持ち出すのが、ホルムズ海峡である。世界に向けての石油の輸出の死命を制する海洋の狭隘点としてのホルムズ海峡の重要性には、疑問の余地がない。アラブ油田が、世界の確認埋蔵量の三分の二を占め、世界の余剰生産力のうち80%から90%を産出しているがゆえに、ホルムズ海峡はSLOCとして重要なのである(注8)。しかし、世界最大の油田群の近くに立地しているSLOCは、ホルムズ海峡ただひとつである。ホルムズ海峡という例外があるからといって、「SLOCは海上輸送によって商取引が自由に行われるための前提ではない」という命題が無効になるわけではない。

加えて、ホルムズ海峡の「石油」要因があまりにも強力であるがゆえに、多くの人を誤った考えに導くこととなった点も指摘しておきたい。つまり、他のSLOCも多量の石油を通過させているがゆえにホルムズと同様に重要であるという考えがそれである。この考えは次の2点で誤っている。第一に、ホルムズの地理的な特殊性を無視している点。というのも、1日当り14百万バレルを超える石油がホルムズ海峡を通って輸出されるが、そのうち43%ないしは6.1百万バレルは、ホルムズ地域の港からしか積み出せない。他のSLOCでこのような条件を満たすものはない。第二に、海上を輸送される商品のうちで石油ほど「政策的に」重要なものはないという点。第三に、船主が新たな貿易形態の変化に対応する際には、大量の石油が特定の航路を通過してきた実績は何の限定要因にもならない点。船主にとって重要なのは、技術的ないしは操業上の拘束ではなく、市場動向なのである。航路は市場動向を踏まえて決められる。ためしに、次の各項のひとつないしは幾つかがおこったとしたら、どうなるか考えてみよう。

 

 

 

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