一見矛盾するが、同時にこの研究が示唆しているのは、これらSLOC周辺諸国の弱みは安定化要因であるということである。それは、これら諸国にとって、SLOCを閉鎖するという短絡的な行動は、自らの首を絞めるだけだからである。
結論としていえば、この研究が言わんとしていることは、SLOC閉鎖による影響が、閉鎖された地域以外においては、ごく少ない経済的損失しかもたらさないだろうという点である。にもかかわらず、なかには、間接的な経済利益を防衛すべきであるという議論する人々もいる。いまや、世界は財とサービスの単一マーケットなのだから、ある地域の不安定さは即座に他の地域に波及する、というのである。この議論の問題点は、経済のために軍事力を発動すべきかどうかを決断する「明確で決定的な」判断基準を持たない点だ。ブッシュ政権が、砂漠の嵐の季節の前に米軍を展開するために、どれほどの論戦が必要であったかという事実は、その議論の難しさをよく示している。確かに、SLOC閉鎖国に対する軍事介入の議論は確かにあろうが、南東アジアのSLOCの場合、経済面の理由より以上に説得力ある政治的・戦略的な理由が必要となろう。
またなかには、(自国の)商業船舶運行の利益は、どこであろうと脅威となる場所において守られなければならないとする議論もある。貨物が自国船舶によって主に運ばれていた過去においては、このような議論からとるべき行動を演繹するのは容易であった。しかし、いまは事情が異なる。船舶運行は、徐々に国家的なものから、国家への忠誠を誓うことのない全くの企業活動へと進化してきた。世界の海を航行する、9万隻を超える数の、そして、197もの国籍の商業船舶群を考えると、政策立案者や海軍参謀にとって、1隻の船における様々な(国の)利益関係を確定する(即ち、敵から仲間を区別する)試みは無謀に近い。たとえば、北米から欧州に乗用車を運ぶ船を考えてみるとよい。
米国に所在する、日本所有の工場やドイツ所有の工場や米国所有の工場でつくられ、メキシコやブラジルから輸入した部品で作られた車が、船積みされる船というのは、スウェーデンが所有し、ケーマン島のオフショア・バンクによって購入資金を融資され、シンガポールの会社によって運営され、パナマ船籍であって、米国のフォワーダーによって傭船され、 デンマーク人航海士とフイリピン・インド人船員によって航海しており、保険はロンドンで、おまけに再保険はドイツで、欧州の複数の港に寄港する...(注4)
このような利害関係の複雑な網の目が、ごく一般的になってきたのは、つぎのような理由による。
・金融のボーダーレス化
・造船に必要な資本の増加
・コスト削減と規制緩和の圧力
・世界規模の貿易と貿易関係の拡大
船舶と積み荷の背景にあるこの不明瞭さは、海軍をして、現実を思い知らせるのに十分である。