3. SLOCケーススタディ
SLOCが閉鎖されるシナリオにおいて、SLOCの最も近くにいる人々が、閉鎖の影響を受けるばかりでなく、最もSLOCを防衛したいと考えている人々である点が重要である。紋切り型な見識の誤りは、地域外の経済もSLOC閉鎖の影響を受けると考えていることにある。例えば、南シナ海を参照する文献はみな、南シナ海を通って日本・韓国・中国に運ばれる莫大な量の原油について記すのが常である。結果として、誰もが「南シナ海は戦略的要衝である」という考えに陥る。そして、それが決まり文句となる。しかし、それは実のところ本当なのか。
3.1 南東アジアのSLOC
国防大学による研究「狭隘点-南東アジアにおける海洋経済の重要事項」(注1)においては、次のように分析されている。即ち、マラッカ・スンダ・ロンボク・マカッサル・南シナ海を含む全ての海峡が閉ざされ、船舶が方向転換してオーストラリアを回って日本などの各国に航海しなければならなくなった場合、余分にかかる船賃は、1993年の海上輸送貿易量からすると、年間80億ドルとなろうと。ここで念頭に置かなければならないのは、この数字が1年間全ての海峡が閉鎖される場合の予想であるということである。もし、SLOCのいくつか(例えばロンボクとマカッサル)が再開されたならば、もしくは、全ての閉鎖が3ヶ月かもしくは20日で終わったならば、余分にかかるコストはずっと少ないであろう。たとえ、1年間全封鎖であったとしても、そのコスト80億ドルは、1992年に米国を襲ったアンドリュー・ハリケーンにおける被害額16億ドルと比べれば小額である。また、1995年1年間の世界のソフトウエアの著作権侵害による売上損失130億ドルと比べても小額である(注2)。
国家レベルで見ると、この研究が指摘しているのは、もしアラブ原油とガスがオーストラリア回りとなったとしても、日本のエネルギー調達にかかるコストは15億ドルしか増えないだろうということ、そして、南シナ海だけが閉鎖されただけなら、追加コストは2億ドルにすぎないだろうということである。どちらの場合も、追加コストは、日本のエネルギー調達総コストからみれば微々たる額でしかない。原油だけでもても、日本の輸入額は、原油価格と為替レートによるが、年問500億ドルから1000億ドルである。また、追加コストは1995年1月17日の阪神大震災による経済損失と比べても小額である。阪神大震災の公表された復旧コストは900億ドルから1500億ドルではあったが、実際には、復興需要で日本の工業生産とGDPは恩恵を受けた(注3)。
この研究は、中国・韓国、そして米国を含むその他の国々が蒙る、日本に比べれば低い損害についても記載している。また、これら海峡が閉鎖された場合、最も苦しむことになるのはSLOC周辺のアジア各国、特にアセアン諸国であることが明らかであることも指摘している。