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一九八八年のローマ条約は、各国の国内法に基づいて海賊の追跡、検挙、及び処罰の権利を認めるとともに、事件のあった国に対して外国人犯人引き渡しや起訴、処罰を義務づけており、国際社会に海賊の安住の地はないはずであるが、現実には、条約への未加盟国や、加盟していても有効な海賊対策がとれない国、意図的に有効な対策をとらない国がある。海賊はこうした国へ安心して逃げこめるわけで、現代における海賊の安全地帯とはこういう意味なのである。その結果、シンジケートの根拠地が判っていながらみすみす海賊を取り逃がすケースも生じている。第三は海賊の自信である。これまで逮捕された事例がないので、海賊行為が安全でもうかるビジネスになってしまった。商売を重ねるうちに犯行に熟練し、積み荷や船舶を売り払った金で重武装化している。乗組員を殺傷して船ごと拿だ捕ほするなど、手口も大胆きわまりない。被害額も増大する一方である。ちなみに、レインボー号のアルミ塊約七千トンには約十二億円、証明書を偽造して船を売っただけで十億円以上の価値があると言われた。

一方、海運の安全を守る我々の側の対応はお寒い限りである。海賊行為が増加した原因には、船舶の運航システムの変化、被害状況の把握の不十分、有効な海賊対策不在の三つがあげられる。第一の船舶運航システムの変化とは、海賊への対処能力の低下のことである。船舶の運航自体が、ひと昔前と全く異なっている。便宜置籍船が増加し、乗組員は多国籍化、船体の大型化・自動化などで外部からの襲撃から船を守りにくい体質を強めている 。これらの中でも自動化に伴う問題が最も深刻である。 かつて、平均的な船には約五十人が乗船していたが、今は半分に減少した。その結果、外からの侵入者に対する監視警戒能力が低下し、また侵入された場合の抵抗力も低下した。第二の被害状況の把握不十分とは、被害の実態を正確に把握することが困難なために、有効な対策が立てられないことを指す。IMBは、年平均約二百件の報告を受けているが、氷山の一角であると言われている。途上国の港では盗難が日常茶飯事で、当局に届けても盗まれた金品は戻らない。報告 すると捜査協力のため長時間にわたって船が足止めを食う。船が一日足止めを食えば数百万円単位の損失となる。どうせ犯人は捕まらないし、積み荷には保険が掛けてあるのだから通報しないということになる。そのうえ、事件が表ざたになると会社の信用に傷がつく。したがって、被害が小さい限り届け出ないことが多い。被害状況の把握が十分にできない状況では有効な海賊対策を立てることすら困難である。第三の有効な海賊対策の不在について、少し詳しく見てみよう。国連海洋法条約で海賊行為とは、公海上、で行われる不法な暴力行為、抑留あるいは掠奪行為と定義されており、国際法上、いずれの国も軍艦あるいは権限を与えられた政府の船舶によって海賊を逮捕し、自国で処罰することができるとある。しかし、領水(港内を含む 内水、領海、群島水域)内でこれらの犯罪を犯した者は、沿岸国の国内犯であって、その取締りと処罰は沿岸国の責任と権限である。警備当局は、第三国の領水内に入って犯罪の取締りを行うことはできないし、犯人を追跡して他国の領水へ入ることもできない。領水内で犯される犯罪行為を海賊行為と区別するため、IMBは武装強盗という用語を使っているが、本稿では、読者の混乱を避けるため犯行海域に関係なく、両者を合わせて「海賊」あるいは「海賊行為」という用語に統一して用いている。念のため。領海や群島水域などおかまいなく自由に動き回る海賊に対して、前述のような枠組に制約を受ける警備当局は、最初から大きなハンディキャップがあり、現行の枠組のままでは有効な手を打てないことは明らかである。現在、海賊に関する情報の収集・配布は民間組織であるIMBに依存している部分が多く、また、警備当局間の情報交換システムやホットラインといった捜査のための協力体制も十分に整備されないまま、各国の情報交換や連絡は主として外交チャネルに頼っている。また、関係国による海域の合同パトロールについては、その可能性がようやく話題になり始めた段階である。

 

 

 

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