日本財団 図書館


船名が塗り変えられ、乗組員十五人もインドネシア人海賊に入れ替わっていた。海賊の中に、三年前にキプロス船を乗っ取った犯人がいることが判明し、IMBはこれを中国当局に通報したが、当局が全員を釈放したために、海賊逮捕の絶好の機会は失われてしまったのである。その後、船は船主に返されたが、十五人の乗組員はいまだに行方不明のままである。保険会社ロイドの情報では、テンユウ号の積み荷はシンガポールの企業経由でミャンマーの中国系企業に売りさばかれたと言われている。

 

背後には国際的なプロ組織が?

 

昨年十一月二十一日付の新聞各紙は、砲撃や火災で傷ついた跡も生々しいレインボー号とふてぶてしく二列に並ばされた海賊達の写真を掲載した。これは捕まった海賊が写真入りで報道された日本初のニュースとなった。しかし、こうした現場の犯罪者の裏には、別のグループがいるものである。スーツに身を包み、都心のビルにオフィスを構え、数か国を飛び回るのが二十一世紀の海賊であり、獲物のためには乗組員の自由や生命を奪うことをためらわない冷酷な国際組織犯罪集団なのである。海賊行為を態様別に分類すると、出会った船舶から装備品や積み荷、あるいは金品を奪う窃盗・掠奪のケースとシージャックのケースがあり、更に特殊なケースとして政治的・軍事的性格を帯びた事例がある。IMBは年平均約二百件を把握しているが、大多数を占めているのは窃盗・掠奪のケースであり、この窃盗・掠奪ケースがエスカレートしたものがシージャックのケースである。特殊なケースとしては一九九一年から一九九三年にかけて、東シナ海で海軍を装った中国の船が航行船舶を次々に襲撃し金品を奪ったことがある。中国の治安能力の不足で海賊が発生したためか、東シナ海への影響力拡大を狙う中国の意図的な放置なのか意見の分れたところである。この一連の事件は、ついに相次ぐ被害にしびれを切らしたロシアが、一九九三年春、ミサイル巡洋艦を東シナ海に派遣するとぴたりと止んだ。以後、このケースは時折、中国沿岸で報告されるのみとなった。最近増加しつつあるのはシージャックのケースである。襲撃班、航行班などの役割分担があらかじめ決められており、海賊の国籍もばらばらであることから背後に国際的なプロ組織が存在すると考えられる。例えば、レインボー号事件では、乗っ取り後、直ちに監禁用の船が横付けされたし、レインボー号は操船されてどこへともなく消えている。IMBは、シンジケートの本拠地を中国に置くネットワークが東南アジア各国に広がっていると指摘している。

これに対して、海賊事件の調査を促進する機関の設置が必要とのIMBの提案を国際海事機構(IMO)と国際海事衛星機構(INMARSAT)が支援して設置されたIMB海賊センターは、一九九二年にクアラルンプールに建設されて以来、年中無休の二十四時間体制で、世界中の海賊関連情報を収集し、所要の情報を航行船舶や政府関係機関へ提供し注意喚起を行う等、被害防止に貢献しているものの、海賊取締りの国際協力の方は進んでいない。僅かにマラッカ海峡の沿岸三か国(インドネシア、マレーシア、シンガポール)による海賊対策協定が成立し、九二年以降、海賊行為が激減したという成果以外に、見るべき成果はあげられていない。海賊行為増加の背景しかし、海賊行為は依然として後を絶たない。それどころか、無抵抗の乗組員を殺傷するなど凶悪化し、また組織化している。それには様々な要因が絡み合っているが、まず海賊にとって科学技術の進歩がもたらした便益は大きい。例えば、強力な舶用エンジンを小型船舶に搭載すれば、軍艦の追跡を振り切る三十ノット(時速五十五キロ)の速度が出せる。衛星を利用する測位システム(GPS)を搭載すれば洋上でも位置が簡単に判るので、仲間の船との連係プレーも容易である。コンピュータと携帯電話で獲物の情報も簡単に得られるようになった。組織的な作戦行動には理想的な道具ツールが入手できるわけである。今や海賊は大規模で精巧な作戦を遂行できる能力を身につけた。第二は、海賊の安全地帯が存在することである。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION