6:アメリカの「誤った信号」が朝鮮戦争の引き金を引いた
アメリカが曖昧政策をとり続ければどうなるでしょう。おそらく、もっとも敏感な韓国を筆頭に、他のアジア諸国の疑心を招くことでしょう。ひいては日本国民の日米同盟に対する信頼をも揺るがすことにもなりかねません。これがわたしの懸念の核心です。
さらに、アメリカの曖昧政策には紛争を招く性質がある。アメリカが「誤った信号」を発し、それが引き金となってアジアが紛争に落ち込む危険性もある。かつて、アチソン国務長官が「朝鮮半島はアメリカの防衛ラインの外にある」と言った2のが引き金となって朝鮮戦争が勃発した話しはよく知られた話しですし、先の湾岸戦争で、アメリカのイラク駐在大使が「アメリカは戦争をしない」などと馬鹿なことを言ったので、サダム・フセインをクエイト侵攻に踏み切らせたという話しもあります。
しかし、そこはアメリカですから、一端、紛争が起これば、自由民主主義の旗を打ち立てて、結局はアジアの紛争に介入してきます。そして最後に勝つのがどちら側かは、最初から明らかなのです。
7:「アメリカの曖昧政策」でアジア人が何百万人も死ぬとしたら...
そこでわたしが申し上げたいのは、「過去にそうであったように、アメリカの数万の若者の尊い血が流されることになるでしょう。多分、5万人、10万人の若者がアジアで死ぬ。3しかし、アジア人にとっては、もっとたまらないことが起きる。悲劇は、紛争地域においてさらに悲惨だからです。アメリカの若者が犠牲となる、その数十倍、もしくはそれ以上の速度で、アジア人のなかから犠牲者がでることでしょう。アメリカ人が5万人も死ぬ戦いなら、アジア人は、100万人、200万人と死ぬのではないか。この様な悲惨な結果をもたらす原因が「アメリカの曖昧政策」にあるとしたら、そんな政策は絶対にやめてもらわなければ困る。
2 朝鮮戦争は1950年6月25日午前4時、北朝鮮軍の38度線全域での砲撃とともに勃発。28日にはソウルが陥落し韓国は崩壊の危機にさらされた。アチソンはその半年前の1950年1月12日、ワシントンのナショナルプレスクラブで演説し、アジアに地図に一本の「不後退防衛線」を示した。それによると、日本、沖縄、フィリピンは「不後退防衛線」の内側に含まれるが、台湾、韓国、インドシナは除外された。演説によれば、「不後退防衛線」の内側に(ソ連などの)軍事攻撃がおこなわれれば米国は武力で撃退するが、除外地域については、「万一攻撃を受けた場合、第一に頼りになるのは攻撃された側の民衆の抵抗であり、次に頼りになるのは国連憲章のもとで全文明世界が交わした誓約である」とした。よく読めば、この演説は必ずしも攻撃を黙認することは意味していなかったのであるが、いまとなれば、北朝鮮に誤ったシグナルを送ったことになる。なお、アチソンが示したアジア地域全般に関する包括的戦略は1949年12月に大統領が承認した国家安全保障会議政策文書NSC48/2に基づいたものである。
3 戦死者数(兵士)は、ベトナム戦争56,201人、朝鮮戦争33,629人。北朝鮮核疑惑のさなかの1994年5月18日にワシントンで実施された図上演習では、朝鮮半島で戦争が起これば最初の90日間だけで米軍の死傷者(負傷者を含む)が52,000人、韓国軍が49万人という数字が出たという。第2次世界大戦では連合国(米国だけでない)全体で7〜8万人とされている。ちなみに、米国の若者がよく利用するWebsiteで調べると、第2次世界大戦の米国の死者の数は、太平洋戦線、ヨーロッパ戦線などを合計した数字だけが示されており、アジアだけで何人が死んだかはわからない。ワシントンから東の戦争と西の戦争の死者の数字を丸めて計算してしまうというのは、アメリカは世界のために戦ったのだという発想のなせるわざであろう。