ただ、脱落可能性をできるだけ回避するための方策として、カップ円周部に爪やスパイクのような工夫を凝らして、保持機能を向上させる案も検討の余地があるといえそうである。爪を立てる以上、鯨体の表皮に若干の損傷を与えることが考えられなくもないが、ピン(銛)の打ち込みと比較すれば相対的には大きなダメージを与えることはないといえよう。もっとも、イカの吸盤のような自然界の生体メカニズムを人工的に創出できれば、この点は杞憂になるのだが、残念ながら付着生物のメカニズムも含めて、まだ解明されていない以上、技術的にもむずかしいといわざるをえない。
ともあれ、これらの実績から、より合理的な装着方式を検討すると、一般的には、回遊移動範囲の広くない種および小型種に対しては「サクション・カップ方式」が適しており、大型種かつ回遊移動範囲の広大な種には「ピン打ち込み方式」が適していると判断される。ただし、ピン打ち込み方式は、現状のような[かえし]の付いたピン(銛)に準じた形状のものでは、ピンそのものの鯨体への打ち込み挿入に加えて、[かえし]部が鯨体に何らかの損傷を与えることが避けられないので、この点を考慮した方法の開発が要請されよう。
4-1-2. ポリウレタン・アンカー方式
曳航体による回遊(位置)情報や水深、水温、塩分などの海洋情報を送信器から衛星に向けて送信するためには、とにかく曳航体をくじらに装着しなければならないわけだが、その装着に当たって、ピンやカップにかわって鯨体内にアンカー機能を有する物質を注入する方式が、本事業の検討過程に中で全く新たなコンセプトとして登場してきた。
生体親和性を有する物質として、かねてから人工歯骨の材料であるチタンやシリコンなどのにも注目した時期があるが、ここでは人工臓器などに用いられるポリウレタンを素材として使用する案が出てきた。
針状の構造体を鯨体に打ちこんで、その先端からポリウレタンを注入し、瞬時に膨張させて曳航体と曳航ロープをアンカリングさせよう、とのアイデアである。ここでは、この方式を「ポリウレタン・アンカー方式」と命名して、以降、そう呼称することとしたい。同方式については、瞬間膨張技術は自動車のエアバッグの技術やスクーバダイビング機材としての緊急時用補助ボンベの作動装置がヒントになりうる。このようにして同方式の可能性を調査、打診してきた結果、かなりの可能性が見込めるとの感触を得たので、世界初の試みではあるが、くじらへの曳航体の装着方式検討の有力な選択肢として位置付けることとした。
なお、この方式のおいても、注入機器をどのようにくじらの表皮に差し込むかが課題であり、他の方式同様、クロスボウなどによる発射装置が不可欠であることは論をまたない。