また、O号に関してVTISが元の西航々路に戻るようアドバイスしたが、このアドバイスのなかに「状況が許せば」との言葉があり、これを弁護側が捉えて、VTISもO号の置かれた状況に一定の理解を示していたのではないかという主張も聞かれた。
概要は次のとおり。
1]E号船長情状酌量弁明
衝突の五分前まで、E号船長はルールに則り適切に航行していた。無謀にも逆行してきたO号が、この事態に直面したE号船長に行動を起こさせたのである。
E号船長は、シンガポール港に入港すべくパイロットステージに向っていたが、ショートカットして西航々路に逆行侵入する意図はなく、その先にある東航々路内にある警戒水域を経由して北上するつもりであった。これは、同船の海図にコースラインが書かれていることからも明らかである。
E号船長はこの状況下ではO号がE号の船尾方向を航過して行くものと信じ、前方を横切ってくるとは思ってもいなかったのである。従って、逆行してくるO号をなんとかやり過ごそうと直進せざるを得なかったのである。
このように、E号船長が置かれた異常な状況と要因を考えると、午後八時四十七分からE号船長が取った行動には情状酌量の余地がある。
2]O号船長情状酌量弁明
当時、O号船長は常に元の西航々路に戻る機会をうかがっていたわけで、無謀な運航ではない。VTISからのアドバイスも「状況が許せば」との言葉が入っており、VTISもO号の置かれた厳しい状況を理解していたものと考えられる。このようなことから情状酌量の余地がある。
3]検察側による求刑
シンガポール海域では、このような嘆かわしい怠慢は受け入れられないということを海運界へ強く訴えるため、両船長に対して「抑止的効果を目的とした懲罰」を与えることを強く主張する。
O号船長は、不必要な追い越しを行うため長時問逆行を続けた。また、E号船長は重油一二万六、四〇〇トンを満載したVLCCの船長として、O号船長よりもより高度の注意をすべき立場にあった。
午後八時四十八分、O号は東航々路内を逆行中だったもののすでに西航々路に戻るべく徐々に右変針しており、仮にE号がその先にある警戒水域まで東航々路を進み北上するつもりであったのなら、この時点で右変針するのが極めて自然である。にもかかわらず、E号がそれまでの針路で進み続けたのは、その直線延長線上にあるパイロットステージに直線的に向かおうとしていたからである。これは、VTISのレーダー記録からも明らかである。
本件事故はシンガポール経済と海洋環境に対する警鐘であり、事態の重大性を考えれば情状酌量は受け入れられるべきではない。両船長に対して以後の事故防止を目的とした抑止的効果を有する判決を要求するものである。
○第四回(一九九八・七・一四)
判決に際し、裁判長は検察側の意見を明確に受け入れる一方で、弁護士による両船長の減刑嘆願を全面的に退ける判決を言い渡した。E号船長は、六万S$の罰金に加え三カ月の禁固刑。O号船長は、一万一、〇〇〇S$の罰金に加え二カ月の禁固刑に処された。両船長にとって、最高罰金刑に加えて禁固刑が併科される非常に厳しい判決となった。
両船長とも本判決を受け入れ下級裁判所の段階で罪が確定した。
1]E号船長に対する判決要旨
「シンガポールの国家利益および国際海運の利益にとって、世界で最も輻輳する港においては安全の確保が日々の使命である。量刑を決めるに際しては、公共の利益を考えなければならない。その結果、法定が安全規則に反した罪を軽減するのは不可能である。このような罪は、断固として厳罰を持って処理されなければならない。
情状酌量弁明で主張したE号船長の衝突前の五分間以外はまじめに航行していたということについては私の意見は異なる。時間としての五分間は割に短く聞こえるかもしれない。そして、それは五分間の重要性を平凡化することでもある。しかし、われわれは普通の五分間の話をしているのだろうか。その答えは断固とした「NO」である。