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(1) ヨーロッパの経済的・政治的統合

93年に域内における人的な移動が大幅に自由になり、政治的統合の具体化への第一歩を踏みだしたEUの統合は、99年1月にヨーロッパ統一通貨EUROが導入されたことで経済的統合にも踏みだした。今後はさらに、EUROの流通、税制の調整などによって、その完成度が高まってゆくと予想されている。

ヨーロッパのこの歴史的な実験は、国家という単位およびその政治、行財政を再考させる機会となっているが、それは、国際関係上のマクロの変化にのみ由来するものではない。むしろ、EUのいわゆる「ブリュッセル政府」のもとに組織されてきた国家を越えた行政制度、機構が各国の行政を規定し、公共政策の政策形成、執行の主体としての個々の国家の地位が相対的に変化してきたことによる。この過程はしかし、超国家的な機構や政策の存在が国家のそれを飲み込んでいくプロセスではない。確かに例えば、行財政改革について各国でほぼ同様の政策が、きわめて似た過程で実施されているが、これらは、それぞれ異なる独自の課題から出発した各国の行財政改革の潮流が、ヨーロッパ統合という共通の目的とタイムリミットとを得て、同じ方向で進められてきているものといえる。

90年代に設定されたヨーロッパ統合に関するいくつかの重要な日付は、戦後一貫して続けられてきた統合への努力によって定められたものであるが、80年代末、東西冷戦構造に決定的な終止符が打たれてから、その足取りは著しく加速された。東ヨーロッパの民主化の動きは、主に政治的な統合を促進する原動力となったが、同時に共通の市場が形成され拡大することによって、経済的な統一への弾みもついた。民主主義と資本主義を導入したこれらの旧共産主義諸国は、政治および経済への旧体制による関与、干渉を排除することに努め、結果的に、その経済、行政は新保守主義の潮流に規定されるようになり、小さな政府を志向していた当時の西側諸国に類似した政策をとることになった。

加盟国の数そのものが増加する一方、EU諸国は主要な政治アジェンダを共有するようになり、80年代から90年代にかけて多くのヨーロッパ諸国が行財政改革を進めた。もちろん、経済の停滞、財政赤字や公的債務の拡大、また公共サービスに対するニーズの変化や増大などが、行財政改革のより直接的な要因であったが、それらの課題への対応、解決が共通のアジェンダとして設定されていたため、これまでは見られなかったスピードと規模で改革が進められることになった。

 

 

 

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