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この二つの財政調整を経験したのがドイツの疾病保険である。ドイツの疾病保険の財政調整は、1978年から1994年まで実施された年金受給者の医療費に関する事後的な財政調整(退職者医療制度と類似)と、1995年からはじまったリスク構造調整という事前的な財政調整の二つである。この二つを例にあげよう。

前者の財政調整の方法は次のとおりである。年金受給者にかかる医療費の総額から、年金受給者からの保険料収入を差し引く。これが年金受給者を除く全被保険者の負担となる。この負担額を年金受給者を除く被保険者の基礎賃金総額で除せば、連帯保険料率が出る。各疾病金庫の連帯拠出金は、各疾病金庫の基礎賃金総額に連帯保険料率を乗じたものである。各疾病金庫の連帯拠出金がその金庫の年金受給者の医療費に満たない場合には、調整基金から不足分を受け取り、各疾病金庫の連帯拠出金がその金庫の年金受給者の医療費を上回る場合には、調整基金に超過分を拠出する。調整基金の財源はその超過分と年金受給者の保険料である。なお、年金受給者からの保険料収入は、年金給付額に年金受給者を除く被保険者に適用される全疾病金庫平均保険料率を乗じたもので、年金金庫が半額を負担する。

分立する疾病金庫のリスクの格差を考慮せずに、かかった医療費だけについて負担を調整する、1977年から1994年までの年金受給者医療費の財政調整の方法が、経営努力の誘因を持たないことは明らかである。これはむしろ、年金受給者の医療費を他の被保険者の医療費に比較して上昇させる誘因を持ち、加えて横ならびのために、疾病金庫の年金受給者の1人当たり医療費の格差を縮小させる。もし、自己努力があるところでは、保険者間の格差が広がると考えられるからである。

年金受給者人当たり医療費、年金受給者以外の一人当たり医療費の変動係数をみると次のことが言える(図参照)。1970年代後半以降、年金受給者一人当たり医療費の変動係数は大きく低下した。これを年金受給者以外の被保険者一人当たり医療費の変動係数が、ほぼ変化していないことと比べると、意味するところは大きい。これはまさに、事後的な財政調整が年金受給者の医療費について財政制約をはずした形になり、経営努力を阻害し、横ならびで費用を膨張させていったことがよくわかる。

 

図 年金受給者1人当たり医療費の変動係数の推移

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次に、リスク構造調整を考えてみる。医療のリスクは、年齢や性などによって異なる。財政調整に際して、それらのリスク要因を加味するのがリスク構造調整である。リスク構造調整とは、前述したように、わが国の地方交付税制度と考え方が同じで(ただし不交付団体がでるのではなく、その場合にはマイナスの交付税を受け取ることになる)、各保険者に標準的な医療サービスと標準的な財政力を確保することを目的とする財政調整である。他の部分は自己努力による。

 

 

 

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