もう一つは、社会保障負担を貯蓄の代替と位置づけ、貯蓄増強による国際競争力の強化を目指そうとする提案である。報酬比例年金の民営化はこうした意図にもとづいているといってよい。
しかし、このように社会的セーフティ・ネットを取り除くことは、社会の構成員に「消費者」であり続けることを保障しないことになる。そのためかえって市場経済を萎縮させてしまう。
「三つの福祉政府体系」を確立することは、政治空間の分散化によって、社会保障を自発的協力によって基礎づけることを目指している。「政府」としての社会保障基金は、労働組合活動に促迫され、生産「点」における自発的協力を吸収して形成されている。市場社会では人間の生活は「賃金」によって維持される。したがって賃金喪失を賃金代替としての現金給付によって保障すれば、人間の生活は維持される。
しかし、「他者」が賃金喪失すれば「自己」が負担し、「自己」が賃金喪失すれば「他者」が負担するという協力原理が後過してしまうと、前述のように現金給付は信認を失い始める。このように信認を失い始めた現金給付による社会的セーフティ・ネットを張り替えるには、政治空間を生産「点」と生活「点」に分散し、協調、接触、交渉にもとづく自治が可能な政治空間を創出する必要があると考える。
社会保障改革は国民国家による上からの改革ではなく、生産「点」と生活「点」の自発的協力に基礎づけられた下からの改革に期待するしかない。しかし、生産「点」と生活「点」におけるミニマムを保障し、社会を最終的に統合する機能は国民国家が依然担わざるをえない。こうしたミニマム保障は1988年のフランスのロカール内閣にみられるように、自由に動き回る資本所得の捕捉に依拠せざるをえないのである。
しかし、国民国家のミニマム保障も、下からの改革として位置づけられる必要がある。つまり、国民国家の任務はミニマム保障を実現できるように、国民国家相互間でのミニマム保障の統一を、それを可能にする資本所得税の統一を目指す国民国家間協力関係を形成することにある。