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賃金代替としての現金給付

社会的セーフティ・ネットの張り替えの第一は、このように現金給付から現物給付にシフトさせることである。第二は現金給付そのものを、賃金代替としての給付に純化させることである。16それは現金給付に垂直的所得再分配機能を弱めながら、一方で市場化への転換をも拒否し、「連帯の基金」としての性格を強化することを意味している。こうした改革の方向こそ、現金給付の水準を低めずに、市場化によってリスクシェア機能を弱めることをも免れる唯一の選択肢なのである。

既にみてきたように社会保障基金は、生産点で形成された共同体的人間関係にもとづいて展開されていた共済活動という自発的協力の限界を克服するために成立した政府である。そのため社会保障基金という政府の実施する現金給付は、生産点において喪失した賃金を社会の構成員が相互に保障し合えばよい。

市場社会における人間の生活は、生活点で分配される賃金によって購入される財・サービスと、生活点での無償労働によって生産される財・サービスで支えられている。生活点での無償労働によって生産される準私的財という財・サービスが、共同体的機能の縮小につれ、過少供給となっていくのに応答し、地方政府にはそれを代替して供給していく使命がある。それに対し社会保障基金は、老齢、疾病、失業という正当な事由で喪失していく賃金に代替する使命を負う。したがって、社会保障基金にミニマム保障的所得再分配という責任はなく、正当事由で喪失した賃金代替の給付という責任のみを負うといってよい。

ところが、「現代システム」では中央政府主導のもとに、社会保障基金も現金給付による所得再分配という性格を強められ、選別主義的バイアスが生じていた。しかし、既に述べたように1980年代以降、こうした現金給付は動揺する。それは市場経済のボーダレス化によって、現金給付による所得再分配が困難化するからである。

こうした現金給付の動揺に対して、日本では現金給付そのものの抑制が進行していく。第一に、最低限保障の賃金代替ともいうべき公的扶助、つまり生活保護の抑制である。1980年代の生活保護の抑制は、現金給付に固有の欠陥である所得のない振りをすることによって現金給付を取得するミミッキングの排除を口実として推進される。

1980年代には日本型ミミッキングともいうべき暴力団への不正給付が起こり、それを口実に、生活保護の抑制が行われることになった。1981年(昭和56年)に厚生省から、暴力団への不正受給への訴えに始まる「123号通知」、つまり「生活保護の適正実施の推進について」が通知される。この「123号通知」にもとづいて、不正受給是正キャンペーンが展開されることになる。しかし、大沢真理教授の指摘によれば、実際にはこの不正受給是正キャンペーンのターゲットは母子家庭に絞られていた。

 

16賃金代替という概念については加藤[1985]を参照されたい。ただし、ここでは概念をやや変更して用いている。

 

 

 

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