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もう一つは社会保険という現金給付の賃金代替という性格を明確にすることである。

1980年代における現金給付の行き詰まりに対する日本での政策的対応は、1982年(昭和57年)7月に第二次臨時行政調査会が発表した「基本答申」に認めることができる。この第二次臨時行政調査会の「基本答申」は、「活力ある福祉社会の建設」を掲げ、日本的集団主義と個人主義の新しい模索を唱える「日本型福祉社会論」を打ち出したのである。14

この第二次臨時行政調査会の「日本型福祉社会論」は、「家族や近隣、職場等において連帯と相互扶助が十分に行われるよう、必要な条件整備を行うこと」を主張している。しかし、「家族や近隣、職場等において連帯と相互扶助」を発揮する社会システムの自発的協力が衰退していたが故に、中央政府の主導のもとに現金給付が実施されていたはずである。そのため現金給付に限界が生じ始め、家族やコミュニティが機能し、かつ企業福祉が威力を発揮する「古き良き時代」の条件は既に存在していないのである。

現金給付が機能不全に陥ったことに対するオルタナティブは、「家族や近隣、職場等において連帯と相互扶助が十分に行われるよう、必要な条件整備を行うこと」ではなく、「家族や近隣、職場等において連帯と相互扶助が十分に行われ」なくなっていることを、現金給付でサポートするのではなく、現物(サービス)給付でサポートするようにシフトさせることである。正確に表現すれば、「家族や近隣」の連帯と相互扶助の衰退に代わる現物給付を政治システムが供給することである。

ところが、「家族や近隣」の「連帯と相互扶助」という自発的協力に代替する現物(サービス)給付を政治システムが供給するとしても、そうした現物給付は、地方政府が供給するしかない。というよりも、生活点における「家族や近隣」の自発的協力の限界を克服するために、地方政府は形成されているとすれば、生活点における「家族や近隣」の自発的協力に代替する公共サービスは、本来的に地方政府が供給するように運命づけられている。つまり、現物給付は住民の生活実態に即応して供給する必要があるため、住民に身近な地方政府が供給するしかない。仮りに中央政府が自ら供給しようとしても、地方出先機関を通じて供給せざるをえない。このように地方政府が主導して供給する現物給付とは、家族やコミュニティの自発的協力によって供給されてきた準私的財ということができる。つまり、ヨーロッパでいえば、共同体の自発的協力を組織化した教会などの慈善組織が供給してきた教育、医療、社会福祉という割り当て可能な三つの対人社会サービスなのである。

地方政府がこうした準私的財を地域社会のニーズに対応して供給するには、地方分権が必要となる。ヨーロッパでも経済のグローバル化・ボーダレス化に対応してEU(ヨーロッパ共同体)の結成を目指すとともに、1985年にヨーロッパ地方自治憲章を定め、地方分権を推進していくのも、社会的セーフティ・ネットを現金給付から現物給付にシフトさせるためだといってよい。

 

14「日本型社会福祉論」については臨時行政調査会[1987]を参照されたい。

 

 

 

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