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政府が「共同体の失敗」から誕生したことを想起すれば、こうした社会システムの共同体的協力関係の弛緩に政治システムが対応することは当然のこととして理解できよう。つまり、市場経済が惹起する「共同体の失敗」に政府が対応して貢献しなければならなくなる。

19世紀から形成され始め、第二次大戦後に「福祉国家」システムとして定着する社会全体の仕組みを「現代システム」と呼んでおけば、「近代システム」から「現代システム」への転換とは、前述のような市場経済によって引き起こされた「共同体の失敗」へ政治システムが対応するようになったことだということを意味している。それは現代システムとは近代システムと相違して、社会の構成員の生活保障責任を政治システムが引き受けるようになったことを示唆している。

もっとも、生産と生活が分離すると、人間の共同体的絆が生活する「場」である生活「点」ばかりでなく、生産される「場」である生産「点」でも形成される。つまり、市場経済の契約によって生産点に人間が集合すると、契約関係以外のインフォーマルな共同体的人間関係が生じる。

こうした生産点における共同体的人間関係が生み出す自発的協力として、労働組合や友愛組合による共済活動が開始される。こうした自発的協力としての共済活動に、政治システムが介入し、自発的協力の限界を克服して強制的協力に鋳直して社会保障基金が成立する。

ドイツにおける初めての社会保険である1893年にビスマルクが創設した健康保険をみても、「坑夫共済組合(Knappschaftskasse)」をモデルとした共済活動を母胎として誕生している。イギリスにおいて初めて杜会保険が導入された1911年の国民保険法をみても、健康保険にしろ失業保険にしろ、上層の熟練労働者に限定されていた共済活動を、下層の不熟練労働者にまで拡張したものということができる。このように社会保険は、生産点における自発的協力を強制的協力に転化させることによって誕生したのである。13

しかも、生産点における自発的協力を強制的協力に転化させることによって、メゾ・レベルで社会保障基金という新たな政府が形成されたことを意味している。つまり、地方政府を生活する場における自発的協力を吸収した政府だとすれば、社会保険の誕生によって社会保障基金という生産する場における自発的協力を吸収した政府が成立したということができる。

生産する場である生産「点」における自発的協力を吸収した社会保障基金は、「組合による自治」を基盤としている。つまり、地方政府が生活「点」における教会の信徒会などの「自治」を母胎にした統治としての「自治」が形成されるのに対し、社会保障基金という「政府」でも、生産「点」における組合などの「自治」を基盤に、統治としての「自治」が成立することになる。

 

13社会保険の形成については、東京大学社会科学研究所編[1984]を参照されたい。

 

 

 

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