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もっとも、市場経済も人間の歴史とともに古くから存在したといえるかも知れない。確かに、共同体の内部で余剰が生じると、他の共同体との間に「市場」が発生する。しかし、その「市場」とはあくまでも、生産物市場であって要素市場ではない。しかも、そうした生産物市場も共同体の内部では機能せずに、共同体と共同体との間で機能しているに過ぎなかった。つまり、近代市場社会が形成されるまでは、自然に働きかけ人間にとって有用な財・サービスを生産し分配する経済行為は、領主の強制力のもとに、共同体の共同体的慣習にもとづいて処理されていたのである。

ところが、政府という強制力によって充足できる人間の欲望には限界がある。それを克服するために要素市場が創出され、近代市場社会が誕生する。要素市場が創出されるためには、土地、労働、資本という生産要素は私的所有権が設定されなければならない。それまで領主という政治システムが領有していた生産要素に私的所有権が設定されるためには、「政治システム」の強制力が被統治者の合意にもとづいて管理される必要がある。強制力が被統治者の合意にもとづいて執行されるようになると、要素市場も形成されてくる。

 

財政の生誕

要素市場が成立すると、財・サービスの生産と分配という経済行為が市場に委ねられることになる。つまり、領主の指令にもとづいて、共同体的慣習に従い実行されていた生産・分配という経済行為が、市場における契約関係によって処理される。それは経済行為が領主や共同体のためにではなく、自分自身の利益のために行われるようになることを意味している。

人間にとっての有用物を獲得する経済行為が私的行為になると、政治システムの機能から、財・サービスの生産と分配にかかわる管理機能が抜け落ち、この結果として政治システムの機能は、合法的な暴力を独占し、社会秩序を維持する政治的職務に限定されるようになる。

ところが、政治システムが財・サービスの生産と分配に関する管理機能を失うということは、政治システムとしての領主が「家産」として所有していた領土と領民を失うことを意味する。つまり、要素市場が形成されることによって、経済システムが政治システムから分離するということは、生産要素が私的に所有され、それまで生産要素を所有していた「家産国家」が「無産国家」に転換することを意味する。

確かに、政治システムから経済システムが分離すると、封建領主が飢饉に陥れば、米蔵を開いて飢えに苦しむ領民を救済する責任から、政治システムは解放される。生存を維持する経済行為は、あくまでも私的行為となるからである。とはいえ、政治システムでは合法的な暴力を独占して、強制力を確保しなければならない。政治システムが強制力を確保しなければ、土地、労働、資本という生産要素に私的所有権を設定し、保護することもできない。

 

 

 

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