日本財団 図書館


結論的にも、データや論理ではなく、関係者の合意やバランス感覚が重視される。また、政治的リーダーたちが非現実的で過大な目標を掲げて支持者をあおり、彼らの強い圧力を背景に現実的な妥協を図ろうとする傾向も良く見られる。更に、関係者の顔を立てたり、しこりを残さないことにも神経が使われ、ホンネの部分では巧みに政治的要求や国民のこだわりを汲み上げながら、タテマエとしては合理的な理屈で説明するような運営が一般化している。

このような習俗・文化の下では、個別のデータや論点、論理を明らかにして行くことは、リーダーの顔をつぶすなどにより合意の形成を困難にしたり、事後的な説明の矛盾点を浮き彫りにするおそれがあるため、文書化に消極的な傾向が生じがちになるし、お互い同士が顔見知りの我が国の行政機関においては、必要な情報はいつでも人脈を頼りに引き出せるなど、行政機関全体がいわば「生きている検索システム」になっているため、記録の必要性にも乏しかった。

文書・記録の不備を補ってきたものが個人メモである。個人メモは恣意的に作成され客観性を欠く面もあるが、組織全体の思惑の下に編集される正式文書と異なって「率直性」「詳細性」という特長をもっている。このため、後になって正式文書に対して詳細な説明が求められた時や公式に残された文書だけでは過去の経緯が分からない時、当時の担当者の記憶の復元を助けるなど、口頭による情報伝達と形骸化した文書の隙間を埋める重要な役割を果たしてきた。

情報の非文書化、すなわち重要情報の口頭による伝達と個人メモによる補完は、行政の透明性にとって好ましい状況ではなく、その改善は今後の我が国の行政にとって重要な課題である。しかしながら、このような習俗は我が国の人間関係と情報文化に深く根差しているもので、一片の法令によって改善されるほど、根の浅い問題ではない。したがって行政の体質の転換に先立って、形式的な文書管理が強制されるならば、次にあげるような形で制度が形骸化するおそれがある。

まず考えられることは、行政機関が保有、管理する文書・記録の総量が減少することである。情報公開制度導入後は、一件綴りなどに含められる文書の開示の可否は、行政部内においては実施機関の長が決定することとなる。そうなれば、文書の作成・編集者は、上司によって開示を指示されるリスクを避けるため、組織的に保有する文書の作成や保管に慎重になり、公開しても支障のない文書を中心に編集し、これまで一件綴りなどに編綴され、事実上組織的に保有されていた個人メモの類や、関連して収集、記録された附属資料や参考資料の類が除外されてしまう可能性がある。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION