何を訴えるでもない。「入院しないの?」と問いかけると、ほっといてくれとでもいいたそうに首を振り、「家がいい」とつぶやく……。
九〇歳になるという一人暮らしのある女性は、ただ、死の静寂の中に横たわっていた。「新たな病気の発生を予防したり、床ずれの処置をしたりはしますが、本人や家族が望まないのであれば、積極的な医療は施しません。そうして、家で看取った患者さんは、たくさんいます。でも、ぼくはこうした静かな死にざまを美しいと思うんです。これまでの医療は、生かすことだけをめざして、死ぬことは認めてはこなかった。その結果、命は救えても寝たきりになってしまったり、治療で新たな苦痛を生んでしまったりもした。医療的には一〇〇%正しくても、果たして、すべての人に高度医療を施す必要があるんでしょうか。人は必ずいつかは死にます。よりよく生きて、よりよく死ぬことがよい人生だとしたら、よりよい死を認める医療があってもいい。じゃあ、そのためには何ができるのか。そんなことを日々、自問自答しながら、在宅医療に携わっているんです」
床ずれの処置を終え、次の患者宅に向かうための車中で、英医師は深いため息をついてはこう語った。