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シート51

 

「仕事か研修か」の手引き

 

1 井上班長の考え方について

 

井上班長は、「仕事を通じて部下をしごいたり、何時間でも残業させたりすることによって部下は成長する」という信念をもっています。確かに、人は仕事の経験を通じて成長します。特に成功体験による自信の獲得は、その者を大きく成長させ、このような成長をうまく日常的に教育として生かしていくことによって、その組織に有用な人材を育成することが可能となります。しかし、仕事を通じての育成だけでは視野の狭い仕事人間として小さく育ってしまう危険性があります。

そもそも仕事に関連する職員の能力と言ってもいろいろあり、たとえば、次のように分類することができます。

(1)一般知識:いわゆる読み・書き・そろばんに当たるもので、もう少し広い概念でとらえれば知性と言ってもいいでしょう。すべての能力の基礎として必要であると言えます。

 

(2)専門知識:法律学や経済学など、特定の分野における専門的な知識を言います。

 

(3)職務分野での知識:その職員が担当する職務分野において必要な知識のことです。たとえば、法律学の知識があっても、それだけでは、法令を立案することはできません。法令を立案するには、専門知識をいかに目的に合わせて利用するかという応用力が必要になります。

 

(4)職務遂行のためのノウハウ:実際に特定の職務を遂行する際に必要な知恵を意味します。

以上の4つに分類した能力のどれが重要で、どれが重要でないということはなく、すべての能力をバランスよく向上させる必要があります。

こうした観点からすると、井上班長の職員の能力に対する考え方は職務遂行のためのノウハウに片寄っているように思われます。確かに、こうした職務遂行のノウハウは、当該職務の遂行には不可欠ですし、ノウハウは、実際の仕事を通じてしか得られないものです。一方、このようなノウハウは、当該職務にしか利用できず、他の職務には汎用できません。

他方、本事例のような階層別研修は、個々の職務の遂行についての能力開発というよりは、専門知識の付与、視野の拡大、考察力の滋養、人格の形成など、知性・専門性の向上、他部門の同僚との交流を目的としており、組織全体の観点から必要な人材の育成を目的としています。

こうした能力育成の多面性を考慮して、小谷君の研修参加については、積極的な方向で考えるべきでしょう。具体的には、仕事の進め方について再度検討してみる、他の班からの応援体制がとれないか検討する、今年が難しければ来年度の研修受講の機会が確保できるかどうかを確認する、などの必要があったと言えます。

 

2 小谷君の研修参加と業務との調和

 

この研修が、小谷君にとって重要な意義をもつものと考えた場合、多少の無理はあっても前向きに考え、たとえば、小谷君が病気で倒れた場合に取るであろう応援体制をこの際も組むことはできないかなど研修に参加させる方向で努力すべきでしょう。そのように考えたとしても、なお業務の遂行に重大な支障が予測され、管理者として踏み切れないときには、今回の研修参加は見送らざるを得ないでしょう。しかしその際には、小谷君が研修参加の希望を有していることから、小谷君自身にも十分納得させることが必要であり、また、研修担当部局である人事課にも実情をよく伝えて次回の研修の機会を確保しておく必要があります。

 

 

 

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