シート43
「今年は、我慢してくれ」
吉田計画課長は憂うつでした。勤務評定の季節がやってきたからです。吉田課長は、半年前に課長に昇進し、初めて勤務評定を行う役職に就いたのでした。課長は、そもそも人が人の能力や適性を正確に評価できるのかという疑問を持ち、勤務評定に際しては、なるべく部下との対立を避け、円満に進めたいと思っていました。
吉田課長が勤務する組織の勤務評定は、1年に1回行われ、勤務実績、能力、勤務態度の3項目について、それぞれA〜Dの4段階評価し、さらに各項目の評価を踏まえて、同じくA〜Dの4段階の総合評価をつけることになっています。各項目評価を総合評価に統合する際のウエイトは決められていません。また、評定結果について、評定者と被評定者との間で、話し合うことが義務づけられ、話し合いをしたことを確認するため、評定書には被評定者が署名することになっています。
評定結果は、職員の能力・適性を活かすよう配置、研修などに反映されるほか、昇進などの判断にも考慮されることになっていますが、評定結果が昇進などに際して、どのように考慮されるかについて明確な規定はありません。唯一、総合評価の上位15%の職員には特別昇給が、Dの評定を受けた職員には昇給が見送られ、その他の職員には普通昇給が与えられることが明確に規定されています。そのため、評定割合が決まっていて、各課ごとに、総合評定Aは最大5%の職員、総合評定Bは最大20%までとなっています。したがって、総合評定Aの職員は自動的に特別昇給を受けることになり、総合評定Bの職員についてはその約半数が、人事当局の判断により、特別昇給を受けることになります。なお、2年続けて特別昇給は受けられないことになっています。
吉田課長は、前任の原課長にどのように勤務評定を行っていたかを聞いたところ、原課長は、なるべく課員が平等に特別昇給を受けられるように配慮していたとのことでした。
そこで、吉田課長は人事課に行き、過去7年間の課員の勤務評定と特別昇給の状況を聴取し、課員がなるべく平等に特別昇給を受けられるように評定しようと思いました。計画課には課員20名いるので、総合評定A1名、B4名が上限となり、その範囲内で、過去7年間に一度も特別昇給を受けたことがない3名にA又はBをつけ、残りのB2つも6年前に特別昇給を受けた職員につけることにしました。
上記の方針に沿って勤務評定をつけ、課員と個別に評定面接を行いました。評定面接は比較的順調に進み、後5人を残すだけになりました。次の面接は、秋山君でした。秋山君は、新しいアイデアに富み、人が思いつかないような意見を率直に述べ、その能力は吉田課長も認めていましたが、やや独善的なところがあり、人付き合いも悪く、吉田課長は秋山君が苦手でした。前任の原課長からも、秋山君は自己主張が強く、評定面接でもいろいろ主張してくるかも知れないぞ、と言われていました。秋山君は3年前に特別昇給を受けていたので、今回の総合評定はCをつけていました。
案の定、評定面接で秋山君は、なぜC評定なのか納得がいかないと強く主張してきました。勤務実績は残しているし、能力的に他の職員よりも優れていると、具体的な事実をあげながら、述べてきました。吉田課長は、具体的に反論する材料を持っていませんでした。吉田課長は何とか自分の評定を正当化しようと次のように述べました。