「君の言うことはわかるが、君は3年前に特別昇給を受けており、できるだけ課員に平等に特別昇給を受けさせたいので、今年はCの評定で我慢してくれないか。それに、確かに君の能力は認めるが、君は少しつき合いが悪いぞ。昼食なんかも他の課員とは行かず、いつも一人のようだし、夜、飲みに誘われても断るので、最近は誘われもしていないようじゃないか。もっと同僚とも仲良くした方がいいんじゃないか。」
すると、秋山君は声を張り上げました。「何を言ってるんですか。お昼に誰と食事をするか、夜同僚と飲みに行くかどうかなんて、仕事と全く関係ないじゃないですか。私は、仕事の上では、最大限同僚に協力しているし、同僚の気づかない点なども指摘して、できる限りカバーしているつもりです。それから、特別昇給を平等になんて、能力主義、成績優位者に特別昇給を与えるという趣旨に反しているじゃないですか。特別昇給は2年続けて受けられないだけで、それ以上の制限を加えるなんて、規定違反ですよ。課長がそのような考えなら、私はこの評定書に署名しませんし、人事課に直接、課長が言うような運用が許されるのか、聞いてきますよ。」
吉田課長は困惑し、あわてて、総合評定をなぜCにするのかについて、各評定項目別に自分なりの評価を述べ、説得を試みましたが、秋山君は納得しませんでした。このままでは、自分の部下統率能力を人事課に疑われてしまうと考え、総合評定をCからBに変更することで秋山君の合意を得ました。面接終了時に、秋山君は、総合評定Bでも必ず特別昇給が与えられるよう人事課にプッシュしておいてくださいよと吉田課長に述べて行きました。
秋山君の評定をBに変更したため、このままではB評定が5人となり、上限を超えてしまいます。そこで、吉田課長は、まだ面接が終了していない4人の中で、Bの総合評定をつけた上屋君の評定をCに変更することにしました。土屋君は、ちょっと気の回らないところがありますが、まじめで、おとなしく、言われたことは言われたとおりに、どんな仕事でもいやな顔をせず黙々と仕事をする職員でした。土屋君はこの7年間一度も特別昇給を受けていないのでBをつけたのですが、仕方ありません。土屋君なら、Cをつけても文句は言わないだろうと思いました。
吉田課長は、土屋君を呼んで、評定面接を行いました。秋山君とのやり取りには全く触れず、なぜ、総合評定がCなのかを説明しました。そして、来年は、必ず特別昇給が与えられるよう努めるから、今年はこの評定で我慢してくれと言いました。予想どおり、土屋君は特に何も言わずに、評定書に署名をし、評定面接は終わりました。
やがて昇給の実施日がやってきました。秋山君は、吉田課長のところにやってきて、次のように囁きました。
「特別昇給が与えられませんでしたよ。課長は、本当に人事課に頼んでくれたんでしょうね。なぜ、特別昇給がだめだったのか、説明してもらいたいですね。」
吉田課長は、人事課に個々の職員の特別昇給について陳情に行くなんて筋違いだと思い、人事課には秋山君の特別昇給について要請に行っていませんでした。しかし、秋山君の強圧的な態度に圧倒され、吉田課長は、
「いや、人事課には僕から君の件についてはよろしくと言っておいたのだがね。人事課も特別昇給枠の配分については苦労しているようだな。まあ、来年は何とかしたいと思うから、今年は我慢してくれないか。」と述べたのでした。