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このように連邦レベルでの減収額が明確でない以上、移転価格操作による州法人所得税の損失額も正確に推計することはできない。ただし、かなり粗い推計としては、IRS所得統計部の多州租税委員会(Multistate Tax Commission)が州法人所得税の税率(連邦法人所得税率の1/4から1/5)に応じて、連邦法人所得税の減収100億ドル(年額)に対して20億ドルから25億ドルと算出している。

1990年代初め、連邦政府は移転価格問題に対応するためにIRS職員増員を予算化し、また、(IRSの)権限強化も行った。しかし、こうした予算措置がそれを上回る増収効果をもたらしたかどうかを疑問視する見解も存在する。また、移転価格税制で用いられる独立企業間価格の実際の適用可能性、理論的妥当性をめぐっても議論がある。前述のように州法人所得税の課税ベースが連邦法人所得税のそれに連動している以上、連邦レベルでの移転価格課税が適正に行われない限り、この問題に関する州税収のイロージョン問題も解消することはできない。

(2)連邦と州の課税権競合の調整(連邦政府の課税優先権への対応)

1]連邦法及び司法判断における連邦の優先課税権

従来、連邦法及び連邦裁判所の司法判断においては、州の法人所得課税、航空会社への課税、州外の販売業者への売上税・利用税課税が制限されてきた。さらに、鉄道再生規制法(Revitalization and Regulatory Refom Act;以下4R法と略す)は不動産、有形動産への連邦の優先課税権を設けてた。1980年代における最高裁の司法判断はこうした流れをさらに押し進め、連邦による州税制への関与が強化される。とりわけ、州の課税に係る主権を大きく後退させたのは、1985年のGarcia対サンアントニオ都市交通局裁判と1987年のサウス・カロライナ州対Baker裁判であった。合衆国憲法修正第10条は州の課税権に対する連邦政府の関与・侵害からの保護を規定したものであるが、Garcia裁判における司法判断はこれを覆すものであった。

こうした優先課税に関する問題が顕在化したのは、州間ないし連邦と州の対立というよりも、負担軽減措置を求める企業や個人等からの圧力の影響による部分が大きい。すなわち、州による軽減措置を受けられなかった場合、企業等は連邦議会に問題の解決を求め、連邦議会は裁判を経て優先課税権を確保し、州の課税ベースが浸食されるというケースが多くみられる。

他方、州サイドが相互に協調してこうした連邦課税優先権の強化に対抗する動きもあまりみられない。例えば、National Ballas Hess裁判においても、州側が州際租税協定を結ぶか統一法を制定するなどして、州内に本拠を置く直接販売事業者に対して販売を行った州のために売上税、利用税の徴収を義務づけるような措置を講じておけば、その判決の影響力を弱めることができたかもしれない。また、4R法に対しても州が合同訴訟を行うこともできたはずであるし、そもそも鉄道財産に対する共通の評価システムを設けていれば4R法の制定そのものを防げたとも考えられる。注5

もっとも、過去においてそうした州レベルでの協力が全くなされなかったわけではない。1964年、連邦議会の州際取引に対する州課税に関する特別小委員会(ウィリス委員会)が従来の総収入ないし売上高の要素によるアロケーション・アポーションメントを、財産及び支払賃金の2要素による方式に変更することを勧告した。このウィリス勧告に対して多くの州が(同方式が)製造業の集中した州を市場提供州に比して有利にするとして、多州間協定を結んで反対した。しかし、こうした事例は非常に少なく、一般に州政府側は連邦の優先課税の拡大を看過してきた。

 

 

 

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