「地方分権下の不均一固定資産税の転嫁・帰着問題」
明治大学商学部教授 西野万里
はじめに
地方分権化の推進が期待されるなかで、これまで事実上の制約が少なくなかった地方の課税権について見直しの気運が高まってきている。地方自治体の役割がナショナル・ミニマムを超えた地域住民のニーズに応える独自の地方公共財・サービスの供給であり、地方税がそれらに対する応益税であるとの考え方は大方の合意を得ている。この観点からすると、特定の地方税の税率設定などに関して自治体の自由裁量権を認めることは、地方分権の下での当然の帰結ということになろう。
このような状況の中で、わが国の固定資産税が不均一税化する可能性は十分にあり得るが、その場合に当該税の転嫁や納税義務者以外への帰着の問題に留意する必要がある。それは所得分配や資源配分等に予期しなかった影響を及ぼすと考えられるからである。
地方税のなかで典型的な応益税の1つと目される固定資産税が、市町村税の基幹税として税収中で重要な地位を占めているだけに、この問題を無視することは許されないであろう。そこで当報告では、不均一の固定資産税の経済効果を明確にするためにこれまでの転嫁・帰着分析を整理し、その理論的研究成果を踏まえて、わが国固定資産税税率の多様化のもたらす問題点を明らかにし、それらへの対処方法の手がかりを得たいと思う。
1 固定資産税の部分均衡分析(伝統的帰着論)
1-1 オールド・ビューの特徴
固定資産税の転嫁・帰着分析は早くから見られ、Ricardoの「土地にかかる税は土地の需要・供給に無関係である」という主張は古典派中立命題として知られている。これと同様の立場にあるold viewと現在呼ばれている固定資産税に関する伝統的帰着論(1)は、その後の転嫁・帰着論の出発点ともなっている。
この立場では建物(structure)市場や土地(land)市場のみが考察対象として取りあげられ、そこに地域限定的な固定資産税が導入されるケースについて部分均衡分析の手法を用いて税の帰着が観察された。ここでは土地供給が完全に非弾力的であること、資本が完全移動状況にあることが、この立場の共通の前提条件となっている。
1-2 税の転嫁と帰着
当該地域の土地供給が固定化されている一方で、課税されても土地需要に変化がないとすると、この取引市場で成立する賃貸料は税の導入前後で不変であり、したがって税は土地の所有者または賃貸者の負担となる。これをグラフ的に表現すれば、課税の影響を全く受けない垂直の土地供給曲線と、同じく税と無関係の右下がり需要曲線から、市場価格としての土地賃貸料は税と無関係に決定され、したがって土地所有者の受け取る賃貸料は課税分だけ削減される。ストックとしての土地の価格は、土地の税引き収益の減少を反映して下落し、キャピタル・ロスを被ることになる。これは税の土地価格への資本化または資本還元(capitalization)と呼ばれている。