日本財団 図書館


特別村民制度というような都市の市民との結びつき。あるいは、大都市の公共団体が過疎地へ施設をつくるという交流の仕方とか、姉妹都市、親子都市という協定を結びながら、交流を進めていくというようなところから始まっていったと思います。最初の意図は、恐らく所得の増大とか、あるいは地域産業の振興という趣旨があったろうかと思います。

この56年度の次の57年度にも、観光開発のあり方という調査研究がございまして、これは過疎地の自然の風土、あるいは景観、歴史的な史跡等々に着目しまして、観光開発を進めていき、観光産業の進展を図るという目的があったろうと思います。

その後も、調査会ではいろいろな調査をやってきたわけですが、例えば、最近では2年前の文化芸術資源を目指した地域振興の調査研究。これも、見方によっては文化伝承芸能というふうなものに根ざした地域の村おこし、あるいは地域づくりというものを都市との交流に結びつけたという意味では、広い意味で言えば、都市との交流事業の推進を図ることにも考えられると思います。

もう30年近く過疎対策が進められてまいりまして、これから21世紀に向かう過疎地としては、交流事業というものが非常に大きなウエートを占めております。ご案内のとおり、人口減少はなかなかとまらないのが過疎地の状況でございまして、少子高齢化という点から、この傾向は今後しばらく続くであろうということから言えば、先ほど委員長からもお話がございましたように、人口の増加、あるいは人口の定住ということも、当然、望ましいことではありますが、そういう願いとあわせて、都市との交流を活発にしていくということが、非常に大きな過疎市町村のテーマとなってまいりました。

こういうことが可能になったのも、30年近くにわたる社会基盤、あるいは生活基盤施設の整備が進んできたからであろうと思います。卑近な例で言えば、水洗化が進んできたとか、道路交通の整備が進んで、遠い地域まで時間距離が縮まってきたというふうなことが背景としてあろうかと思います。そういう整備の進展に応じて、都市、都会の人たちとの交流が非常にしやすくなったというか、進められてきたということだろうと思います。

都市との交流は、過疎、農村の側から言っても、また都市の側から言っても、最近では非常に望まれていることでございまして、過疎地の側から言えば、新しい時代の空気というものを都市との交流の中でつかんで、地場産業の振興のヒントを得るとか、あるいは直接・間接、都市の人たちとの結びつきを深めて、交流の中で過疎地域の進展の芽を育てていく。それが、ひいては就業機会、雇用の増大にもつながるわけでございますから、そういう意味では、そこに非常に希望を見いだしているわけです。

交流が深まるにつれて、自分たちの過疎地、農出村にも温泉などの発掘ということも盛んに行われておりまして、それにあわせて滞在施設、あるいは宿泊施設の整備も進んでおります。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION