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自然の中でたくましく育っていたときの姿そのものなのです。そこには過保護な姿はみじんもありませんでした。テレビがなかった頃、兄弟が多くてきぱき食べないと自分のものがなくなってしまった頃、農作業を手伝わされた頃、なつかしい姿が思い浮かんできます。また、風雪の自然の中で通学することにより自然の畏敬に触れることができました。センターから中学校までの7キロメートル、小学校までの4キロメートルの道程をひたすら歩いていきます。足腰が強くなり、丈夫になります。村の子供達の中には、スクールバスに乗ることにより、この八坂村の持っているすばらしい自然に十分に触れる事なく成長してしまう子供もいるようです。修園式の時の子供の発表を聞いていると長い距離を歩いて通った体験がいちばん印象に残っていると話していた山村留学生がいました。この1年間センターでの生活ぶりを目にして、4月5月に入園した頃の姿と1年が終わる2月3月の頃の子供の姿は大きく変わっていることに気づきました。四季折々の自然の変化に触れながら集団生活への適応性・身の回りのことを自分で行っていく力や自立心の確立等大きな宝物を得るのでした。まさにこれが山村留学の成果なのでした。

 

○ 里親は「村の宝」

八坂村には、美しい自然が残っています。しかし、過疎化と高齢化があいからまって更に進行している厳しい現状があります。そのために受け入れ農家の高齢化という問題も全面に出てきました。受け入れる農家の減少に伴って、1軒の預かる人数も増えてきているのが現状です。山留生の八坂村での「お父さん」「お母さん」である受け入れ農家の方々の苦労は並大抵のものではなかったと想像がつきます。子育てが終わった農家ということで受け入れています。何年か受け入れていくうちにペースをつかみ、農家自体も自分の人生のプラスになり、大きく成長していったことに気づいています。とにかく初めて山留生を受け入れたときは大変だったことが想像できます。

「言うは易し、行うは難し」である。人の子を預かるということで、特に育ってきた環境の違いによる考え方の相違、生活様式の違い、また、食生活の違いなど受け入れ農家の苦労は言葉では言い表わせないものだと思います。このように考えると精神的な負担はかなりのものだったと思います。この八坂村での生活形態はlヶ月の半分をセンターで、残りを農家で生活する里親寮併用式です。今までいろいろな所の生活形態に触れることができましたが、この山村留学では里親寮併用式が理想的だと感じています。

さて、長年留学生を宿泊させ、面倒を見てきた受け入れ農家の人が「最初のころは、なにがしの収入の足しになるとか、賑やかでよいと言った理由で子供達のめんどうを見てきたが、最近はそれはそれとして、何にもまして楽しいのは、都会の親と触れ合うことにより、新しい考えや知識をえることができ、自分の考え方が変わってくることです。」と話しています。

 

 

 

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