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ところが、マンションに引越して2週間後くらいから、同じマンションの男性がベランダから侵入して、家の中のものを持ち出したり、妙な臭いのする薬を部屋に撒かれるなどイタズラや嫌がらせを受けるようになった。

ベランダ側のサッシにいくつも鍵をつけて外出するが、それでも侵入されてイタズラがエスカレートするので、マンションの管理人や警察に訴えたものの、そのような事実は確認できないとして無視されてしまった。

しかし、その後も侵入は続くので、できるだけ家を留守にしないよう、買物は1週間分をまとめてするようにした。

そのうち、イタズラで自分の身体をいためつけられるようになり、身体のあちこちが痛くなってきた。侵入されて危害を加えられるのが恐くて、夜間も眠られなくなったので、たまらずマンションを引越した。

ところが、どうも後をつけられたらしく、転居先を知られることになり、転居した翌日から、またイタズラが始まっている。

体調が不良のため検査をしてほしいと思い、たまたま電車の駅の広告で当院のことを知り受診した。

〔現在症・治療・経過〕

面接すると、現在、自分がいかに執拗に被害を受け迫害されているかということを延々と訴える。不安、焦燥が顕著で不眠もひどい状態であり、精神安定剤等の投与により一定の精神的安定をはかったが、効果はある程度あり、併せて身体的な検索を進めることにした。

この時、自宅では嫌がらせが続いていることでもあり、内科病棟へ入院して検査を進めたが、看護スタッフにはできるだけ受容的に接するよう心掛けてもらった。

身体的にはとくに異常所見はなかったが、B子に自信がつくまでは病院にとどめ、その後、自宅への外出から始めて、次いで、1泊の外泊とし、病的体験が出ないことを確認しながら外泊日数を増やしてゆき退院とした。

〔コメント〕

難聴者や中途失聴者は猜疑的、被害的、迫害的になりやすく、時に妄想に発展すると言われ、とくに欧米では聴覚障害と妄想に関する調査や研究が行われてきた。現在、明確な因果関係が証明されているわけではないが、何がしかの関連があるとするのが一般的な見解と言ってよいと思われる。

聴覚障害と妄想が関連づけられるのは、聴覚障害が情報の入力を減衰させるからで、これは、入力が全く消失した感覚遮断の状態が、人間に幻覚や妄想をひき起こすことが実験的に確かめられたことにもよる。

B子の場合は、仕事を辞めた時点で生活の様態が一変し、他人との交渉が激減したことに、ひとつのポイントがある。これを契機に妄想が出現し発展してきている。

勿論、一人暮らしの人がすべて妄想を抱くようになるわけではないが、B子のように、発症した後に他者との接触を増やせば妄想は消褪することもある。

精神医学では「接触欠損パラノイド」という概念があり、これは人との交流や接触が著しく減少して妄想が発展するというもので、配偶者や家族と死別や離別をした時など、とくに、一人暮らしの高齢女性に生じやすいとも言われている。対人接触の減少が主因であるから、聴覚障害の存在がこの病態に促進的に働くことも考えられる。

 

 

 

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