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が、経時的に段階を踏んで行われるとするもので「段階理論」と言われるが、対象喪失や喪失体験という捉え方からすると、一連の精神心理的作業は「喪の仕事」と呼ばれる。

こうした過程を経て障害受容が進んでゆくと考えると、現在どの段階に居るかということから、障害者の心理を把握しやすくなるし、喪の仕事が円滑に進まず、精神的変調、問題行動などが生じる場合も含めたメンタルケアもしやすくなってくると思われる。

しかし、すべてのケースがこの理論通りにあてはまるわけではなく、要は、自己の障害をどのように受けとめ、リハビリテーションや社会復帰への意欲がどのように変化したか、ということが重要だとする考え方もある。

いずれにしても、例えば、中途失聴者が発生した場合に、喪の仕事そのものは病的なものではなく、いわば喪失に伴う負のエネルギーを十分に出して、適切に段階を踏み終えて障害を受容し、新たな適応的生活を促すことが必要だとされている。

ただ見守るだけでよい場合もあると思われるが、喪の仕事が円滑に進まないことも少なくないので、こうした問題の処理や解決が、聴覚障害者とその周辺の人のたちにのみ委ねられている本邦の現状は、おおいに憂慮されるべきだと思われる。

 

3)価値変換と障害受容

障害受容は身体、心理、社会の三つの側面から複合的に捉える必要があるとされており、障害受容が障害者個人によってのみなされるものではなく、社会的側面が重要な要因となってくる。

この観点を踏まえた上で、障害を受容し適応を実現していく過程において、障害者自身の思考や行動面で何をどのように変化させ処理してゆくか、ということを考える必要がある。それは、健常時ないし健常者の価値観のままでは、障害者の自我は維持してゆけないからである。

そこで、四つの価値変換を行う必要があるとされ(価値変換理論)、例えば、失った聴覚という価値は本質的なものではなく、各種の補聴機器や手段を活用することによって、本来の生活が十分遂行できるし(価値範囲の拡張)、聴覚という身体的機能よりも人格などの内面性が重視されるべきだと考えるようにする(身体的価値の従属)ことである。

また、他者との比較による価値基準(所有価値)ではなく、自己に内在する絶対的な価値(資産的価値)を重視する、つまり、自分の長所を重くみたり(所有価値より資産的価値の重視)、聴覚が一部ないし大部分欠落したからといって、それが1個人全体の評価下落や人格の障害をもたらすものではないことに留意すべきである(障害に起因する様々な波及効果の抑制)。つまり、聴覚機能の差によりもたらされる心理的影響(劣等感を抱くことなど)が、自身の精神内界の他の分野に波及して、自己評価を低めたり、自信を喪失したりしないように配慮する必要があるということである。

難聴者や中途失聴者の多くは、圧倒的多数の健聴者の中で生活しているので、社会生活の中では健聴者と同様の価値観なり努力目標を抱きやすい。言い方を換えると、役割モデルとなったり、共にリハビリテーションを考え話し合える同障者が周囲に居ないことが多く、既述した価値変換をしにくい状況があるということになるので、このあたりに難聴者や中途失聴者へのメンタルケアやサポートを工夫するポイントのひとつがあるように思われる。

 

 

 

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