また、術前に遊戯聴検が可能であっても、初回のT,Cレベル測定時に聞こえたら「おはじきを動かす」、「挙手をする」といった行動が出来るとは限りません。これは人工内耳による刺激を音感覚とは異なる刺激として受けとめるためと考えられます。特に先天性高度難聴例では刺激レベルが高くなりすぎると、目をつむる、自分の手や親の手をとって目を覆う(図2c)という反応が見られ、なかには部屋の天丼にある電灯を指さし「電気がピカピカ光っている」とジェスチュアで表現して目をつむる例もありました。Ranceらは、音入れ時の人工内耳からの刺激を一部の幼児では“foreign”soundと感じるといい、我々の先天聾の成人での経験では、全例音入れ時の刺激は不快な感覚として、上半身全体に生じたと訴えています。PETによる先天性高度難聴例の観察から得た知見なども総合して、刺激を別の刺激のように感じるこうした反応は、聴覚刺激を音として知覚する神経機構の未分化、未成熱さによるものと推測されると考えています。また、視覚刺激と感じた側ではいずれも2回目のT/Cレベル測定に応じにくかったことから、これはCレベルを超えた不快レベルの反応であると考えられ、不快レベルまで刺激を上げることは、以後の域値の測定や人工内耳の装用に支障を来す恐れがあり、不快レベルに先だつ微妙な行動の変化、即ち身体接触を求める、頬や耳に触るといった反応が見られたら刺激の上昇を止め、次の電極の測定に移る様心掛ける必要があります。
以上は行動観察によるT,Cレベルの測定ですが、人工内耳を介した電気刺激による鐙骨筋反射の測定は、Cレベル決定の参考として使えます。これは、睡眠あるいは覚醒いずれの状態の子どもにも通常のインピーダンス・オージオメトリーの機器で計測でき、人工内耳を介した鐙骨筋反射の域値はほぼCレベルに相当するとされ、我々も幼児の行動観察に基づくCレベルと鐙骨筋反射の域値とがほぼ一致することを確認しています。Ranceらは、子どもの行動観察から十分装用に耐えうるマップの設定になるまでは刺激レベルを低く押さえ、装用とマッピングを重ねながら少しずつレンジを拡げていくべきだとし、初回マップ作成では確実に聞こえるレベルをTレベルとすることを前提に、Tレベルに10〜15の刺激レベルを上乗せした値をCレベルとしてマップを作成することを提案しています。しかし人工内耳では、ある刺激レベルで聞こえ始めの感覚が起こるものの、その後刺激レベルを上げてもしばらく音の大きさの感覚はかすかに聞こえる段階にとどまる症例が見られることがあります。従ってCレベルの設定を機械的にTレベルプラス10〜15の刺激レベルとする場合は、純音聴検などで全周波数で40dB前後の装用域値となっているかの確認が必要でしょう。
<マップ作成と調整>
初回T,Cレベル測定後のマップ作成にあたっては、測定時に子どもが遊んでいるので、遊びに集中して刺激に気付くのが遅れる可能性があること、聴力正常児でも低年齢児の場合、聴力検査で実際の値よりも域値が上昇することの2点を考慮し、Tレベルをまず実測値より10%低く設定します。またCレベルは、これまで音刺激の経験の乏しい子どもにとって刺激が過大になり過ぎないよう測定値を10〜30%カットした値に設定し、明らかな反応が得られないチャンネルについては、T/Cレベルのレンジを30と決め、隣り合うチャンネルとの値がなだらかに推移するようにします。マップ作成後の装用では、作成したマップで患児に不快な刺激が入っていないかどうかを判定するため、まず感度レベルは低いところに設定します。感度レベルは、どのレベルの大きさの音から電気刺激に変換するかを決めるもので、最適感度レベルでの入力域値は40dB