これらの結果を総括すると、人工内耳手術を行った小児例全てにおいて、術後に聴覚言語の発達が見られ、その効果は言語習得後あるいは言語習得中の失聴児では急速に、言語習得前失聴児では徐々に、しかし確実に現れるという事になります。また、術前の観察期間には見られなかった聴覚言語の発達が、人工内耳の術後3カ月以降で確実に観察されたことは、現在の手術適応の基準が、これらの子どもで適切であった事を支持するもの考えます。症例によっては人工内耳の効果が明確になるのに数カ月を要し、これは聴覚言語の発達が年余にわたる事からすれば当然のことですが、翻ってみると術前の補聴器装用の効果判定期間も少なくとも半年くらいは取ったほうが良さそうです。
(3)話し言葉の発達
コトバの聞き取りと発声、構音には密接な関係があります。米国のマレーらは人工内耳装用の小児34名の表出言語について長期の観察を行った結果、まず最も構音運動が観察しやすい両唇音から正確に習得され、一方、構音点の観察が困難な硬口蓋音、軟口蓋音、声門音などの構音が最も不正確である事を報告していますが、これは補聴器装用の難聴児と同様の結果です。また構音方法についても着実な進歩が見られ、特に摩擦音/s/,/z/,/f/の正確さが、術後6年で60%に達していますが、これは人工内耳では高音域の語音情報がより確実に入力できるためと推測されます。母音についても同じく良好な発達が確認されています。さらに、この観察期間の最終年(6年)においても、これらの指標は飽和しておらず、人工内耳装用小児では、より長期間にわたって構音の発達が続くものと推測されます。
4)脳機能画像からみた小児人工内耳
(1)人工内耳による聴覚連合野の発達
1.の「聞こえのしくみ」のところで述べました様に、ポジトロン断層法という方法を使うとコトバの中枢処理のための脳機能を画像として分析することが出来ます。これで見ますと、人工内耳を介した言語刺激による聴覚連合野の活動は言語習得後失聴者にくらべて言語習得前夫聴者で明らかに低いことがわかりました。では、言語習得前失聴者では語音処理のための神経回路網が側頭葉にできないのでしょうか。答えは否で、10歳で人工内耳手術が行われた先天聾児(患児A)において、術後2年目(図9a)では極めて低かった側頭連合野の語音による活動が、さらに3年経過した術後5年の時点(図9b)で明らかに上昇している事が確認されました。これは、人工内耳の入力によって側頭連合野の語音認知機構が発達するのを脳機能画像で確認したはじめての貴重な記録です。後述するように、この様な発達は必ずしも全ての症例で観察されるとは限りませんが、少なくとも10歳で人工内耳手術を行っても、聴覚連合野の発達が確認されたことは、側頭葉の神経機構の可塑性がこの年齢域でもかなり残されていることを示しています。