っかりしていれば各子音音節の区別ができることがわかっています。このように、子音音節がわかるためには、その周波数の情報だけでなく、それらが時間的にどのように変化するかという時間的情報も大切になります。
それでは、この様な言葉の情報は内耳でどのように処理されているのでしょうか。現在広く認められているBekesyの場所理論によると、入ってきた音に対して基底板が最も大きく振動する部位は低音は蝸牛の先端付近、高音は根本付近とそれぞれ場所が異なっています。このように蝸牛内での場所の違いによって担当する音の高さ(周波数)が違う事が、あとに述べる人工内耳によるコトバの聞き取りにも重要な意味を持つことになります。蝸牛のそれぞれの場所からの情報を脳に向かって伝える聴こえの神経には、最も鋭敏に感知する高さの音がそれぞれ決まっています。上に述べたようなコトバの持つ周波数の情報は、蝸牛のどの部分が刺激されるかという場所とその変化のパターンの違いとして聴神経に伝達され、これが脳に送られて言葉が認知されるのです。
4)内耳性難聴でどうしてコトバがわかりにくくなるのか
これまでの説明で、コトバの情報の入り口として内耳(蝸牛)がとても重要な働きをしていることがおわかり頂けたと思います。つまり、内耳が大丈夫ならコトバの聞き取りはなんとかなるのです。中耳が悪くて内耳に入る音が小さければ、手術か補聴器でこれを大きくしてやれば、内耳のなかでは正常と同じメカニズムが働けるのです。
ところが、内耳(蝸牛)に障害が生じると、同じコトバが入ってきて蝸牛の基底版が振動しても、有毛細胞がこわれてしまっているため、それにくっついている聴神経が活動できないので、全体として、あるコトバに対応する神経の活動パターンが変わってしまいます。では、内耳に入る音を大きくしたらどうでしょうか。少しくらいこわれたり、弱ったりした有毛細胞があっても、音を大きくして蝸牛の基底版の振幅を大きくし、聴神経の活動を助けてやれば良さそうに思えます。これは、かなり有効で、補聴器が行っているのは、基本的にはこの作戦なのです。
しかし、内耳に大きい音を入れる事には根本的な問題が含まれています。蝸牛に入る音が大きくなると、それによって刺激される蝸牛の部分も拡大し、極端に大きな音になれば蝸牛全体が刺激される事になります。ところが、すでに述べたとおり、コトバは蝸牛の幾つかの特定の部分が選択的に刺激されることで、それぞれの特徴が区別できるようになっているのですから、蝸牛全体が刺激されてしまっては、音がしていることは解っても、それがどのコトバの特徴をもっているかはわからなくなって行きます。実際には、コトバには蝸牛の場所に対応する特徴だけでなく、その時間的変化の情報も含まれていますが、蝸牛の基底版の振動が過大になってゆくとこの時間情報も損なわれて行くと考えられます。つまり、内耳が障害されていると、大きな音を入れる必要がでてきますが、内耳への大きな音の入力によってかえってコトバの情報が正確に聴神経に伝わらない可能性があるのです。ある程度音感が残っていても補聴器ではコトバがわからない場合がでてくるのはこのためで、有毛細胞を介して音の情報を入力するかぎり、原理的に克服できない限界があるのです。そして、まさにこの限界を克服するために考えだされたのが人工内耳で、これは有毛細胞を介さずに聴神経を直接刺激して、コトバの神経活動の選択的パターンを再現することを目指しています。
(以上の議論は、論旨を単純にするためにかなり細部を省略しています。詳しくは参考文献を参照してください。)