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第2章 人工内耳の適応と課題

 

補聴援助システムとリハビリテーション普及啓発

人工内耳

 

京都大学大学院医学研究科聴覚・言語病態学領城講師

内藤 泰

 

私が医師になり、はじめて難聴の患者さん達と接するようになった頃、難聴の医療にはいつもある種の無力感が伴っていました。それは、どのような理由にせよ、両方の耳が高度の感音難聴になり、補聴器でも言葉が聞き取れなくなると患者さんには「あきらめて下さい」と説明するしか方法がなかったからです。高度感音難聴あるいは聾という、とてつもなく高く厚い壁の前で患者さんと医師は、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかったのです。ところが、1980年代の後半になって人工内耳が出現し、この壁が打ち砕かれ、我々の前に新しい道が切り開かれました。もちろん、当初は人工内耳の効果も限られたもので、なかなか満足のできるような性能ではありませんでした。しかし、その後も着実に機器の改良が進み、現在では静かな所で1対1なら十分に会話が出来るまでになっています。しかしながら、残念なことに人工内耳という医療は未だに難聴者とそれをとりまく医療、リハビリテーション関係者のすべてに正当に評価され、支持されているとはいいがたいのが現状です。もちろん人工内耳の性能には限界があり、手術にともなうリスクも考えに入れなければなりません。しかし、そのような点を考慮しても、人工内耳は適切な適応のもとに使用されれば、音声言語によるコミュニケーションの獲得あるいは再獲得を可能にするすばらしい医療であると断言できます。人工内耳を望むか望まないかは、最終的には難聴者本人(幼児ならその両親)判断することですが、その際には是非、公平で現実的な知識に基づいて判断していただきたいと思います。

以上の様な観点から、この項では人工内耳が補聴器とどう違うのか、どのような人に人工内耳がすすめられるのか、大人と子どもでは人工内耳の使用を考える上でどのような違いがあるのかについて述べたいと思います。これらの事を充分に理解していただくためにはコトバの聞こえのしくみや人工内耳の原理などについても基本的なことを知って置く必要がありますので、この項の前半はこれらの基礎的な知識の解説に充ててあります。しかし、まず実用的な側面を知りたい場合はこれらの基礎的解説をとばしていただいてもかまいません。

補聴器と人工内耳は何か全く別のものであると考えておられる方も多いと思いますが、実際は難聴者の音声言語(話しことば)によるコミュニケーションを助けるという意味では、全く同じ目的をもつ機器であり、決して対立するものではありません。つまり、人工内耳は高度難聴者用の「補聴器」の一種と位置づけるのが最も妥当と考えます。本稿の解説が少しでも多くの難聴者とその援助に携わる方々の人工内耳に対する理解に貢献し、この医療を必要とする方々が、この医療によって享受できる恩恵を正当に得られるようになる事を心から願っております。

 

 

 

 

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