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たとえていえば、企業の経営において資本は自動車のエアバッグ的な役割を果たしている。これを企業の貸借対照表でみれば、図表8-11では、資産100、負債70、資本30が計上されているが、このうち自己資本がエアバッグ的な役割をもっている。つまり、もし当期損失が生じた場合には、剰余金の部に当期損失を計上するから企業は資本の一部を失うことになる。仮に当期損失が10生じたとしたら、図表8-11で資産を100から90に減少し、当期損失のために資本10が失われる(図表8-12)。結果として、資産の合計額と、負債・資本の合計額はそれぞれ90となる。ということは、この企業の自己資本が大きいほど企業は手がける事業の採算性をより慎重に審査するはずである。

では、自己資本がまったくない場合にはどのような事態が起こりえるか。この企業がいくら損失を生じても、外部から資金が補填される組織であるとしたら、モラルハザード(倫理の退廃)を起こしやすい環境におかれる。モラルハザードとは、例えば保険が加入者の判断や行動に悪影響を与え、事故や火災を起こしても保証があるために、かえって被保険者が危険な行動をとる事態をさす。企業はもともと倫理観をもたないものだとすれば、企業にとってのモラルハザードとは投機的な経営に走り、収支の規律を失った状態と言い換えることができよう。

モラルハザードは、社会の特定の人々だけがある情報を知っていて、他の人々はそれを知らないという状況、より正確には「情報の非対称性」がある場合に起こりやすい。情報の非対称性があるために、事故が偶発したものか故意によるものか第二者には判断ができないことが往々にしてある。そのときに、モラルハザードを起こした人(被保険者)は、自分しか真実を知らないという事実を利用してきわめて合理的な選択(つまり故意に事故や火災を起こすこと)をしたともいえる。もちろん、「情報の非対称性」がともなうこと自体は社会問題ではない。しかし、個人や企業が「情報の非対称性」のもとで下した最善の判断が、事後的に集約された形で社会に大きな弊害をもたらすことがある。

ここで、どのような状況のもとに外部資金で財政補項される企業がモラルハザードを起こす可能性があるのかを説明する。

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