日本財団 図書館


これらのうちで、とりわけ?@と?Aの条件が重要である。しかも、撤退にコストがかからないならば参入に完全な自由が保証されるから、サンク・コストがゼロであるという?Aの条件こそがコンテスタブル市場成立のために必要な最も重要な条件である。サンク・コストとは、市場からの撤退にあたって回収不可能な固定設備の残存価値であり、埋没原価とも呼ばれている。

サンク・コストがゼロであるならば、参入の自由が保証されるから、たとえ現在唯―の企業だけが市場に存在しているといっても、この企業が独占的市場支配力をもっているとはいえない。まさに市場は、その時コンテスタブルな構造にある。これに対して逆にサンク・コストが正であれば、その企業は独占的市場支配力をもっているといえる。

このように、ある産業のもつ潜在的な参入障壁は規模の経済の存在に基づくものではなくて、サンク・コストの存在によって形成される。ここには、小規模な多数の企業が同質財を取引するという完全競争市場の条件は含まれていない。したがって、コンテスタブル市場は、競争から寡占、独占に至る広汎な市場概念を含むことになる。この市場概念のもとでは、資源配分の調整は市場機構に委ねられる。そのため、たとえ産業が独占や寡占であっても、コンテスタブル市場の概念に適合するならば、みえざる手がよく機能し、市場原理がよく反映される結果、産業行動に対する政府の規制は極力控えられねばならないのである。コンテスタブル市場の理論が規制緩和の基礎理論と呼ばれるのは、このような理由に基づくのである。

以上で明らかになった点は次の3つである。

?@コンテスタブル市場を成立させる最も重要な条件は、撤退に伴うサンク・コストがゼロであることである。

?Aコンテスタブル市場においては、市場構造が市場行動さらには市場成果を決定するという図式は成立しない。コンテスタブル市場は、完全競争市場から独占にまで及ぶ広汎な市場構造を含む。

?Bコンテスタブル市場で成立する価格は競争的価格ではあるが、市場から与えられるものではなくて、企業の価格戦略の手段として用いられる能動的価格である3

 

注3 Reid,G.C.,Theories of Industrial Organization, Basil Blackwell, 1987,p.67 and p.142.

 

ところで、規制が緩和される1984年以前のアジア・太平洋市場の東航運賃同盟では、集中度が同盟運賃に及ぼす作用に異常な作用がみられていた。例えばコンテナ船企業の集中度が低下し、その市場支配力が弱体化してくるに伴って、逆に運賃は上昇するという不思議な状態が恒常化していたのである。まさにこれは、アメリカ型海運同盟のとる非合理的行動として批判されてきた行動そのものであり、これが契機となって1984年アメリカ新海運法が制定されたのである。いわば自由参入のもとで運賃カルテルを採用できる開放型同盟は、同盟メンバーの増加(集中度の低下)によって生じた利潤率の低下を運賃引上げによって回復するという、自由参入カルテルの最も悪い面を具体化していた組織であるといわれていた4のである。

 

注4 Devanney ?V,J.W.,et al.,“Conference Ratemaking”,Journal of Transport Economics and Policy, Vol.IX, No.2,1975,pp.162-163

 

このことをふまえ、アジア・太平洋物流市場においてコンテスタブル市場の発生を経てパラダイム転換が成立するプロセスを総括すると、図表4-1のようになるであろう。市場構造が市場行動を決定する、つまり集中度が運賃を決定するという伝統的パラダイムは、市場構造は市場行動を決定できないという新しいパラダイムによってとって代わられることになったのである。この新しいパラダイムは、運賃の集中度弾力性がゼロのレベルに張り付いた86年8月を期して成立したとみられる。このようなコンテスタブル市場の成立を仮説とし、以下においてこの点を、同盟運賃水準の決定モデルを計測することによって実証することにしよう。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION