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5.4 まとめ
 神戸少年の町版CSPトレーナー養成講座を受講した専門職(276名を対象、200名が回答)にアンケート調査を行い、CSPの実施状況ならびに、CSPの実施を促進する要因、また阻害する要因を分析した。
 児童相談所を中心に36.5%の方がCSPを実施したと答えるとともに、実施したケースの81.5%に良い変化があったと報告された。ケースの概要を見てみると、母親への実施が多かった。虐待の加害者で一番多いのが実母であることを考えると、母親は援助の第一ターゲットであり、その数も当然多いとも言えるが、父へのアクセスの難しさが浮き彫りとなった(父のみは3ケース:1.9%)。しかし、その中でも、39ケース(24.1%)は両親へ実施できており、高く評価される。それは、しつけは家庭内のルールであり、両親で統一されている方が実施しやすく、効果も上がりやすいからである。
 野口(2005)が2005年に実施した米国版CSPの実施状況に対する調査では、93名中26名(28.0%)が実施(67ケース)したと答えた。今回の調査では276名への調査と母集団も増えたこと、また、翻訳版でない日本の文化に合うように改訂した教材を開発したこともあるのか、36.5%と実施率は向上し、その評価も高かった。しかし、普及(通常の業務の中に組み込まれ、サービスが安定して提供される状況)という観点からみると、ケース数と実施者数では、3ケースまでの実施が全体の84.9%となり、通常の業務よりも、パイロット的に試しに行っている段階であるとも言える。また、実施を促進する、また阻害する要因を尋ねたところ、前回の調査と同様に、「ケースの動機付けの問題」「組織的な問題」「トレーナーの自信の有無」があがった。「組織的な問題」ということに関しては、一部の県で積極的に実施されていることが、今回の調査で明らかになった。組織的な後押しや雰囲気というものが実施を促進するのであろう。また、今回の調査では、虐待ケースヘの対応における自信度と実施との関係を調べた。その結果は、実施できた群の自信度は少し高いという傾向は見られたが、それが統計的に有意というものではなかった。自信の有無は実施できなかった理由として多くあげられる(33.1%)のに対し、実施できた理由としてはほとんどあげられることがないことを考えると、自信の有無は実施を阻害する要因として機能するのみで、促進する要因ではないのであろう。法的な基盤整備をはじめ、組織としての体制が実施を促進する要因となることが示唆された。
 実施したケースの約8割に良い変化があったことに関しての考察も述べておく。この8割という数字は、2006年に全国の児童相談所を対象に、虐待ケースでの親子再統合を調査した才村ら(2006)の報告と合致する。才村ら(2006)の調査でも、約8割のケースに改善が認められたとの報告があった。つまりはサービスを提供したケースでは、その多くに親子関係に改善がもたらされたという結果である。しかし、児童虐待の対応の先進地域である米国においてのCohn & Daro(1989)の10年にわたる調査をみると、児童虐待で治療を受けた親のうち3分の1は虐待をし続け、専門家から見て、治療終了時に効果があったと見なされたのは半分以下の事例であったと報告されている。つまりは、治療が非常に難しかったのである。一般的に、虐待のケースは「動機付けのなさ」「家族基盤の脆弱性」といった個別のケースの難しさがある。援助関係を結ぶこと自体が困難なケースが多いことを考えると、約8割のケースに良い変化が得られたという結果は慎重に扱わなければならない。米国と比べて、成功したケースの比率が高い理由としては、いくつかのことが考えられるが、一番大きな理由として推測されるのは、十分に治療を受ける動機づけがあるケースにのみ、実施された可能性があるということである。それは、日本では司法の関与が弱く、親支援の法的根拠が脆弱な分、ボランタリーに参加する親のみへの実施に留まっている可能性が大きい。更なる分析が必要ではあるが、才村ら(2006)の調査で、親への援助が成立する条件として、1)親が虐待を認めること、2)関係機関との連携、3)親との信頼関係、4)支援を受けるための動機付けが挙げられたが、日本の現状で、親支援プログラムを受講するのは上記の4つの条件を満たしていると考えられる。つまりは効果が得やすいケースだと言える。
 これまでも、筆者らは、繰り返し自らの実践を評価するプロセスを重視してきた。それは、自らの実践を絶えず評価する中で、より実践的なプログラム開発を行うことを目指したからである。これは、プログラム開発者に求められるアカウンタビリティに応える作業である。アカウンタビリティは、特に虐待の問題では重要となる。それは、今回の調査でも明らかになったように、援助を実施する最前の機関が児童相談所を中心とした公的機関であり、そこでは提供される援助がそれに見合うだけの費用対効果を示すことが求められること、そしてもう一つは動機付けがない親からの「この援助にどのような意味があるのか」との質問に答えられる説明責任が問われるからである。そしてこのアカウンタビリティで重要なのはエビデンスである。
 今回の調査は開発したプログラムの実施状況を評価することから、さらに実践力のあるプログラムヘと改善していく方向性を見つける作業であった。その結果、実施率やプログラムの評価からは、普及が進んでいることが示されたが、普及させていくことを考えると、課題も多い。今回得られたエビデンスから今後の普及への取り組みを整理すると、以下のようになろう。
1)普及を行うターゲットは児童相談所の職員であること、また同一の機関、都道府県で実施できるトレーナーを増やすこと(実施機関の中心が児童相談所、そして複数のトレーナーがいる方が実施率は高い)。つまりは児童相談所へのトレーナー養成講座の出張講座等の効率性が示唆された。
2)虐待のケースヘの適応が多く、その効果も見られるが、中断のケースも多い(21.0%)。実施しやすい親の特徴は整理されてきているので、今後は中断といった処遇困難ケースの分析を行うことから、プログラムの改善を行う必要性がある。
3)プログラムの実施を促進・阻害する要因として、「ケースの動機付けの問題」「組織的な問題」「トレーナーの自信の有無」というものが上がった。ケースの動機付けの問題は法的な整備を含めて、議論すべきものである。法的なものを含めた虐待の親支援を行う基盤整備が求められることを社会に啓発する必要性がある。
 児童虐待の親支援の重要性は誰もが認識しているが、その実施となるとケースの複雑さ、そして悲惨さから、私たち専門家も本来の力を発揮することが難しい状況になりがちである。4章のトレーナー養成講座の開催事業報告ではセルフエフィカシーに注目し、専門職の自己効力感の向上を目指したことを紹介したが、今必要なのは私たち専門職の自信の回復である。具体的な援助のスキルを身に付けることから得られるセルフエフィカシーの向上は児童虐待といった厳しいケースであっても、適切な援助活動に勇気と希望を与えてくれると信じ、更なるプログラムの改善に取り組みたい。
 
引用文献
野口啓示(2005)『虐待をする親への親支援専門職講座の開催および調査事業報告書』日本財団助成事業, 社会福祉法人神戸少年の町.
才村純ほか(2006)『児童相談所における児童の安全確認・安全確保の実態把握及び児童福祉法第28条に係る新たな制度運用の実態把握に関する調査研究』財団法人こども未来財団.
Cohn, A.H. & Daro, D.(1989). Is treatment too late? What ten years of evaluative research tell us. Child Abuse and Neglect, 11, 433-442.


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