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3.3 神戸少年の町版CSP教材普及版の作成
3.3.1 神戸少年の町版CSP作成
 米国の先行研究から、現在の虐待の親援助・治療のトレンドは行動療法の技法をいくつか組み合わせるパッケージ療法としてのペアレント・トレーニングであることが示された。そして、そのパッケージには、「子どものマネジメントスキル訓練」「認知再構成と問題解決訓練」「ストレスマネジメントと怒りのコントロール訓練」の3つがよく使われていた。これらの知見は我々が開発するプログラムにも入れるべきだと考えた。神戸少年の町では、米国のGirls and Boys Townで開発されたCSPを叩き台として採用し、開発を進めてきたのであるが、より効果的なプログラムにするために、全項でまとめた知見を反映させるようにプログラムを変更した。
 米国版のCSPは行動療法の理論背景をもとに、子どもの問題行動を減らし、望ましい行動を効果的にしつけられるスキルの体得を経験的に学習するプログラムであるので、理論から変更することはなかったが、神戸少年の町版CSPでは、上記の3つの技法を積極的に採用し、9つのモジュールを6つのプログラムで教えるプログラムとして完成させた。
 以下にプログラムの説明を行う。
 
3.3.1.1 神戸少年の町版CSP
 神戸少年の町版CSPは全米最大の児童福祉施設であるガールズ・アンド・ボーイズタウンで開発されたCSP(バーク&ハロン、2002)を叩き台として、日本の文脈に合うように、神戸少年の町で開発されたプログラムである。Pattersonにより提唱されたCoercion Theory(Patterson, 1980; Reid et al, 2002)やSocial Learning Theory(Coughlin & Shanahan, 1988)といった認知行動療法の理論背景をもとに、子どもの問題行動を減らし、望ましい行動を効果的にしつけられるスキルの体得を経験的に学習するプログラムである。ビデオや漫画といった視聴覚教材を用いたモデリングとロールプレイを重視しており、子どもの問題行動に教育的に対処できるしつけのスキルを身に付けることから、虐待の予防を図ろうとしている。
 ここでのアプローチの特徴は、子ども虐待の原因を親の精神力動的な問題に求めず、親と子の有害な相互関係上の問題と捉えるところにある。この観点からすると、子ども虐待援助の焦点は有害な親子間の相互作用になり、それを維持する連鎖を断ち切ることになる。子ども虐待、中でも身体的虐待のケースでは、親が「しつけのために叩いた」ということが多い(Bousha & Twentyman, 1984)。子どもの問題行動を抑えるのに、強制的しつけ(暴力等)に依存し、それ以外のしつけの方法が取れず、その強制的しつけが虐待までにエスカレートするのである(Azar, 1989)。強制的しつけは、はじめは威力を発揮することは多いが、時間とともに子どもはこれらの手段に慣れ、服従しなくなり、親の強制的しつけがエスカレートすることが多い。そして、この強制的しつけは親子関係にもダメージを与え、そのダメージが子どもの問題行動や親への不服従を強めることが報告されている(Azar, 1989; Kuczynski, 1984)。これを図に表したのが親の虐待行動エスカレーションサイクルで、援助の目標は強制的なしつけから、それ以外のしつけ(誉め、教えるといった肯定的なしつけ)を親にさせることから、親子関係にグッドサイクルを実現させることである。
 
図3-1  親の虐待行動エスカレーションサイクルからグッドサイクルヘ
 
3.3.1.2 神戸少年の町版CSPのモジュールとゴール
 神戸少年の町版CSPは9つのモジュールから構成される6回のプログラムである。プログラムの構成は以下の5つのアクティビティから成る。1. 復習(前回習ったテーマのまとめ、一回目は導入となる)、2. テーマの紹介(その日取り上げるテーマに対する講義)、3. モデリング(主にビデオを用いる。ビデオでは、良い例、悪い例などのシーンが収録されており、具体的に学んでいくことが可能となる)、4. ロールプレイとディスカッション(参加者同士での練習と話し合い)、5. まとめ。各プログラムとも、個別で実施した場合は1時間ほどのプログラムとなっている。各プログラムはスキルの定着を考えると、2週間くらいあけて行うのがよく、2〜3ヶ月で修了となる。
 各プログラムの内容は以下のとおりである。
 
表3-1 神戸少年の町版CSPのモジュール
モジュール名 ゴール
(1)わかりやすいコミュニケーション
(行動の観察と表現)
子どもの行動を抽象的な言葉を使わずに、具体的に表現する方法を身につける。
(2)良い結果・悪い結果
(賞・罰)
行動の後の結果(親の対応)に注目し、子どもの良い行動を増やし、子どもの悪い行動を減らす方法を身につける。
(3)効果的な誉め方 効果的に誉める方法を身につける。
(4)予防的教育法 前もって、子どもに言ってきかせる方法を身につける。
(5)問題行動を正す教育法 子どもの問題行動に介入する方法を身につける。
(6)自分自身をコントロールする教育法 子どもが感情的になって反抗したり、泣き叫んだり、すねたりといった親子の緊張が高まる場面での対処方法を身につける。
(7)落ち着くヒント(怒りのコントロール法) 怒りをコントロールし、落ち着きを維持する方法を身につける。
(8)子どもの発達と親の期待 親の子どもへの期待を整理しつつ、親の過剰な期待(認知の歪み)の修正を意図する。
(9)問題解決技法 5ステップの意思決定の方法から、具体的な問題解決の方法を身につける。
 
表3-2  神戸少年の町版CSPの6セッションと使用するモジュール
わかりやすいコミュニケーション モジュール1
良い結果・悪い結果 モジュール2・モジュール9
効果的な誉め方 モジュール3
予防的教育法 モジュール4・モジュール7・モジュール8
問題行動を正す教育法 モジュール5・モジュール8・モジュール9
自分自身をコントロールする教育法 モジュール6・モジュール7・モジュール9
 
1)わかりやすいコミュニケーション
 「わかりやすいコミュニケーション」では、厳しいしつけが暴力と結びつきやすいこと、また、叩くことでは親のメッセージが伝わりにくいことを取り上げる。また、親のイライラを解消するためにできる工夫についても盛り込んだ。
 内容としては、しつけを「親が子どもに行うトレーニング、教育、そして説明」と定義し、しつけの教育的な面に注目することと、その教育的な力を向上させるためのコツとしてのコミュニケーションを取り上げた。ここでは、「ちゃんと」や「きちんと」といった「あいまいな表現」を使うのではなく、行動面を具体的に、簡潔に表現する「わかりやすい表現」の講義と練習を行った。
 
2)良い結果・悪い結果
 良い結果・悪い結果とは行動心理学の強化と罰に相当するものである。つまりは、良い結果はその結果が与えられたあとに、行動が増えることを前提としているのに対し、悪い結果はその結果が与えられたあとに、行動が減ることを前提としている。この考えから、身体的虐待を見てみると、叩くや怒鳴るといった暴力的なしつけが効果的な悪い結果(罰)になっていないと考えることができ、ここでの焦点は、子どもの問題行動を変えるための効果的な悪い結果や良い結果を使うことになる。ここでは、このような考え方から、どのようにすれば、子どもの望ましい行動を増やすことができ、またどのようにすれば、子どもの望ましくない行動を減らすことができるのかを子どもの行動とその結果から考えるスキルの体得を目的としている。
 神戸少年の町版では、より暴力的なしつけを止めさせるということにより焦点があたるようにした。悪い結果として、親がよく使うのが怒鳴るや叩くという罰であること、しかし、これらで子どもの問題行動を減らすことが難しいことを解説した。また、良い結果と悪い結果のイメージをより明確にするため、良い結果を「よかった体験」、悪い結果を「しまった体験」と表現した。
 


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