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2)認知再構成と問題解決訓練
 Azar(1989)は親の持つ認知行動上の問題として、1)幼児や小児からの発達的に適切な反応についての非現実的な基準、2)子どもの行動を解釈する際に否定的に帰属させる偏り、3)子育ての問題を解決する際のより限られた能力を上げた。非現実的な期待感については、親が高すぎる期待を子どもに持つことが問題であると捉えられることが多かったが、いくつかの調査を見てみると、親が高すぎる期待のみを持つのではなく、期待の基準の揺れが子ども、そして親の混乱を招くことが分かってきた。Twentyman & Plotkin(1982)は14人の身体的虐待の親、15人のネグレクトの親、そして12人の虐待をしていない親を対象に子どもへの期待感を調べた。「短い文を話すのは何歳ですか」や「お手伝いができるのは何歳ですか」といった具体的な項目から親の期待感を測定する質問紙(Vineland Social Maturity Scale80項目)を用いた。その結果虐待群が高すぎる期待感だけでなく、低い期待をしていることが示された。つまりは、両極端な期待を持っていたのである。子どもの発達に関する知識や情報が少ないだけでなく、子どもの行動を悪く解釈してしまう傾向が見られた。また、Azar, Robinson, Hekimian, & Twentyman(1984)も同じような調査を実施している。身体的虐待10人、ネグレクト10人、虐待をしていない10人に調査を行い、その結果、虐待群は高すぎる期待をもっているのと同時に低い問題解決能力しか持たないため、子どもにうまく自らの期待を表現することができず、虐待群は子どもがうまく振舞えないことへのストレスが高いことが示された。虐待をする親が高い期待感をもっていることを支持する調査(例えば、Galdston, 1965; Gregg, 1968; Helfer & Pollock, 1967)もあるが、問題は親の期待感が明確ではないこと、また問題を解決する能力が低いことが状況を難しくするようだ。
 問題解決能力に関しては、Holden(1983)のスーパーマーケットのリサーチが有名である。24組の母子(子どもの年齢は2歳半)を対象に行われた。普段に行くスーパーマーケットでの子どもへの関わりを行動観察している。その結果、うまくしつけする親は問題が大きくなる前に先回りして注意をしていた。しかし、うまくしつけられない親は子どもの問題行動が大きくなるまで、放っておくことが多く、問題が大きくなるので、その後のしつけが極端になることが報告された。また、Kuczynski(1984)はうまくしつけをする親は理由付けをうまく使っていることを報告している。怒ったり、叱ったりすることが起きやすい親は、問題が大きくなったあとにしつけをしており、効果をすぐに求めるために理由を用いることが少ないことを64組の母子に対する調査で明らかとした。問題解決のレパートリーが多いほど、しつけは効果的にできることが示唆され、虐待をする親の問題解決能力の低さが示された。
 低所得・低学歴が虐待の親の特徴として取り上げられることが多いが、問題解決能力の低さは生活ストレスを含む、さまざまな困難な状況を解決できない状況を生み出し、それが新たなストレスを生むのである。ペアレント・トレーニングでは、問題解決訓練として、複数の問題解決の方法をステップに分けて取り扱う方法を教えたり、認知の再構成法をしては、ピアジェの保存の法則の課題の失敗の提示等を行い、子どもの世界と大人の世界の違い等を説明する方法を教えられることが多い(Azar, 1989)。
 
3)ストレスマネジメントと怒りのコントロール訓練
 Egan(1983)は虐待の親の多くが経済的、情緒的、社会的ストレスが高いだけでなく、怒りのコントロールに問題があることを指摘した。問題解決技法を教えることも大切ではあるが、今ある虐待を止めるということになると、怒りのコントロールは重要な課題である(Azar, 1989; Wolfe, 1984; Eagan, 1983; Azar, Barnes, & Twentyman, 1988)。怒りは上記であげた子どものマネジメントをうまくできないことや、子どもへの高い期待や子どもの行動を悪く取る認知によって生み出されるのであろうが、これらをどのようにマネジメントするかで状況は違ってくる。被虐待児の親の怒りのコントロールを直接扱ったのは、Sanders(1978)がはじめである。3歳の子どもを持ち、泣くときにイライラを感じる父親に系統的脱感作の技法を用いて治療を行っている。主張訓練、支持的精神療法、薬物等と併用しているので、系統的脱感作のみの影響とはいえないが、治療効果があがったことが報告された。Denicola & Sandler(1980)はペアレント・トレーニングに怒りのマネジメントを加えたものを2人の親に実施した。子どもへの暴力的な関わりが減少したと同時に、子どもの行動を誉めたり、教えたりといった肯定的な関わりが多くなったことを報告した。また、Egan(1983)はストレスマネジメントを親が学んだことから、子どもとの関係がよくなったことを報告している。子どもとの関係がよくなったことから、肯定的な関わりが増え、問題行動が減少したと報告した。手法としては、Novaco(1975)によって開発されたものがよく使われているようである。ここでは、1)怒りを生み出す状況を整理すること、2)怒り増幅する思考に気づくこと、3)怒りを制御するための方法(深呼吸等)をとること、という3つのステップを踏むことで、怒りをコントロールする。
 
3.2.3 行動療法を用いたアプローチのまとめ
 以上、児童虐待の親治療・援助で使われる行動療法の技法の紹介を、行動科学的調査の知見を踏まえながら行った。虐待をする親の持つさまざまなニーズも同時に整理できたように思う。3つの技法に象徴される「子どもマネジメントスキルの不足」「歪んだ認知と問題解決能力の低さ」「低い怒りのコントロール」という3つがペアレント・トレーニングで取り上げられる課題であり、それらを治療するためのエビデンスが徐々にではあるが集積されてきているのである。これらの結果を踏まえると、日本での実践でもこれらの技法を積極的に用いることによるメリットは大きいと考えられる。
 
3.2.4 米国の先行研究のまとめ
 以上、米国における被虐待児の親援助・治療の先行研究を紹介した。歴史的概観を見ると、時間的な制約やその即効性から行動療法の技法を援用した援助・治療が採用されることが多くなってきたようである。
 行動療法を基礎とするペアレント・トレーニングが広がってきた理由として、Dore & Lee(1999)は1)行動心理学をベースとするトレーニング方法が確立してきたこと、2)障害児をはじめとする難しい子どもであっても施設ではなく、地域や家庭で見るという政策の転換が起こったこと、3)親として身に付けておくべきスキルが身に付いていない親が増加してきたこと、4)発達心理学や児童心理学の発展の中で、親と子の愛着関係の形成が、今後の子どもの成長に与える影響がわかってきたこと、5)児童虐待の件数の爆発的な増加は、子どもを分離するだけの政策では、応え切れないことがはっきりしており、家族維持(ファミリープリザベーション)を含む、政策へと切り替わったことと整理した。米国では裁判所がペアレント・トレーニングを受けるようにと命令を行うケースが増えていることが報告されている。日本においても、児童虐待への施策は転換期を迎えようとしている。児童虐待のケースの増加は、保護収容する施設の枯渇を招き、家族維持、そして家族の再統合がより求められるようになってきた。「米国の状況と似てきているのである。爆発的に増える児童虐待に対処するには、より短期で、具体的な効果が得られるプログラムが求められる。日本においても、行動療法を基礎とするペアレント・トレーニングのニーズは増えることが予想される。
 
引用文献
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