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3. 神戸少年の町版コモンセンス・ペアレンティング教材普及版の作成事業報告
3.1 目的
 2005年度に作成した神戸少年の町版コモンセンス・ペアレンティング(以下CSP)ビデオ教材を発展させ、普及版を作成した。この章では、開発した神戸少年の町版のコンセプトを紹介したい。その前に、米国における被虐待児の親援助・治療における先行研究を紹介することにより、神戸少年の町CSP開発の意義を明確にしたい。米国の先行研究を紹介するのは、米国では親援助・治療への取り組みは1960年台から始まっており、実践の方法論の整理が進んでいるからである。また、我々が今回作成したプログラムも米国のプログラムを叩き台としており、理論的なものを含めた整理を行うことは日本版を作成する際に必要なものであると考えた。米国の先行研究から得られた知見をどのように活かしたのかを先行研究のまとめを行ったあとに紹介する。
 
3.2 米国の先行研究紹介
3.2.1 被虐待児の親援助・治療に関する米国における歴史的概観
 虐待の親支援の重要性はひろく認識されているが、その実施、そしてその治療の効果ということになると難しい。Cohn & Daro(1989)の10年におよぶ米国における調査の結果、治療を終了した親の3分の1が叩き続け、また治療を終えた半分ほどのケースにしか、専門家から見て、効果が得られなかったことが報告されている。治療動機のなさに代表される治療関係を作ることの難しさもさることながら、治療の土俵に乗ったとしてもその予後は簡単ではないのである。
 虐待の親支援の難しさは以下のように整理される。虐待が親の行動上の問題が主題であるのにも関わらず、虐待行動といった問題行動が、そう診断された親自身がその問題によって被る影響のためではなく、子どもへ及ぼす効果のために関心がもたれるという点で他の問題(障害)とは異なる点である(Azar, 1989)。つまりは本人がその問題により、被害を受けないので、問題を認識させることから、援助を始めなければならない点である。
 親の虐待的な問題は明らかに行動的な問題をもったものにも関わらず、最近になって、この障害を治療しようという動きになってきた。この遅れの一つは、親を変えようのない怪物とみなしたり、あるいは精神病的で正常な親の行動とは連続性をもち得ないような人物として非難することが社会的に主流であったからである(Azar,1989)。そこでは、治療をしようというよりも、どのように分離・保護していくのかに焦点が当てられたのであるが、爆発的な虐待の数の増加は、家族の再統合をしていく必要性を社会に与えた(Azar, 1989; Wolfe, 1993; Dore & Lee, 1999)。
 虐待の親への治療を見ると、その出発は精神力動的なアプローチが取られたようである。1974年にKemp & Helferが幼児期に積み残した課題から虐待が生まれるといった精神力動的なアプローチの治療法を紹介したこともあり、精神力動的治療法が圧巻した(Tracy & Clark, 1974)。精神力動的なアプローチでは、親の虐待行動が起こる原因を親自身が持つ自分の親への葛藤が子どもへと投影されることから生まれる問題とみる。Steele & Pollock(1974)はこの葛藤を親が子どもに持つ高すぎる期待感という形で出現し、それが虐待を生むと整理した。虐待をする親は、自分の親から十分な愛情や養育を受けられなかったため、早熟に大人として振舞うことが求められた。そして、親の愛情を求める満たされない心の傷が残った。そして傷つき体験を持ったまま大人になり、子どもを産んだ。今まで満たされなかった思いを子どもから得ようとし、子どもに求めるものが高くなった結果、子どもへの期待が高くなり、期待を遂行できない子どもへの苛立ちが虐待という形で出現すると分析した。そしてこのサイクルは世代間の虐待の連鎖を導くと述べる。確かにこの分析は正しいようにも思われるが、過剰な期待を持つから虐待をしてしまうというモデルのみでは説明できないことも多い。実際に虐待の親が過剰な期待をするのかを実験したデータによれば、必ずしもそのようなことは言えず、過剰な期待と低すぎる期待を同時に持っており、場当たり的に期待を変化させることが子どもの混乱を招いている、つまりは子どもをうまくマネジメントできないこと自体が問題ではないかという意見が出てきた(Twentyman & Plotkin, 1982; Azar, Robinson, Hekimian, & Twentyman, 1984)。Azar(1989)は1)精神力動的なアプローチの多くが長期的な治療を必要とし、子どもの側からすると実際的でないこと、2)精神力動的アプローチでは、そのクライエントにある程度の文化的な教養を必要とするという2点を限界点として挙げた。虐待の親の一般的な臨床例が低い認知的機能を示し、教育程度が低く、社会経済的ステータスが低い場合が多いということを考えると、精神力動的アプローチのみにより治療効果を望むことは難しいと言える。
 
3.2.2 行動療法を用いたアプローチ
 こういった状況の中、行動療法を用いたアプローチの適応例が1970年代から多くなってきた。行動療法の特徴は子ども虐待の原因を親の精神力動的な問題に求めず、親と子の有害な相互作用上の問題と捉えるところにある。子どもを虐待しないための具体的な方法を身に付けることから、虐待を止めようとするのが特徴である。行動療法を用いたアプローチが使われるようになった理由としては、それが短期間で有効であり、親の虐待行動を具体的に止めることの効果が見られたからである(Azar, 1989; Dore & Lee, 1999)。また、親の側の変化を実証的に測定できる効果もあった(Tracy & Clark, 1974: Thomas & Carter, 1971)。1970年初期における虐待ケースヘの適応例としては、Tracy & Clark(1974)が児童虐待のケースに用いた報告がある。ペンシルベニアの大学病院でのプロジェクトで、認知行動療法の理論にそくしたアプローチを用いている。認知行動療法のテクニックを用いた理由として、1)親としての適切なスキルが欠如していること、2)発達の段階を無視して、大きすぎる課題を持っていること、3)行き過ぎた罰を使う傾向にあること等があげられた。プロジェクトは成功したが、行動療法への偏見があったことが報告されている。ここでは、精神力動的なカウンセリングを補完するための方法として使っていたようだ。また、Thomas & Carter(1971)は多問題家族に行動療法的ソーシャルケースワークを試行した実践を報告している。母子家庭のケースに対するもので、母の精神的疾患があり、衛生面での問題がある家庭である。掃除・洗濯・仕事といった具体的な課題をこなしていくことをモニターし、行動の改善が見られたことが報告された。
 1980年代になると、行動療法的アプローチによる実践事例が増えるとともに、行動療法から生み出されたさまざまな技法を効果的にパッケージしたペアレント・トレーニングの適応例が報告されるようになった。Wolfe, Sandler, & Kaufman(1981)は子どもをマネジメントするスキル、怒りのコントロール、問題解決スキル、役割ロールプレイ、リハーサル、家庭内での演習といったプログラムからなるパッケージ療法を実施し、良い変化が見られたことを報告した。1年後のフォローではコントロール群では再犯があったものの、プログラムを実施した群では虐待の再犯がなかった。また、Lutzker & Rice(1984)は子どもをマネジメントするスキル、ストレスに対処するセルフコントロール訓練、社会的なサポート、主張訓練、基本的生活スキル訓練、就労援助、夫婦間不和のカウンセリングといったパッケージ療法を行った。サービスを受けないコントロール群を置いている。虐待の再犯の発生率は減らせなかったが、重度の虐待にはいたらなかったと報告した。Szykula & Fleischman(1985)は子どもをマネジメントするスキル、怒りのコントロール、問題解決スキル、役割ロールプレイ、リハーサル、家庭内での演習といった15時間から25時間のパッケージ療法を個別に実施した。その結果、家庭外措置が85%低下したことを報告した。
 これらのパッケージ療法はPatterson & Gullion(1968)の社会的学習の理論を引き出しとしながら開発されてきたものであるが、虐待の親が認知行動的な問題を持つという行動科学的研究が進むにつれて、効果的に子どもをマネジメントするスキルを教えるという方法だけでなく、上記で紹介された怒りのコントロールや問題解決技法等のプログラムが加えられるようになってきた(Azar, 1989)。虐待の親の特徴としては、社会経済的ステータスの低さ、教育程度の低さ、精神的疾患、単身世帯および継父・母世帯が多いことが言われ、これらの問題が状況を複雑にする。これまでの実証研究のレビューから被虐待児の保護者像を整理したWolfe(1993)は、親の特徴として、低家族機能、社会経済的ストレス、社会的孤立を上げ、家族のニーズとして、1)情緒的な問題の解消、2)感情のコントロールの方法を身に付けること、3)子育ての方法を身に付けること、4)子どもへの認知を矯正すること、5)悪い生活習慣から脱することをあげている。つまりはこれらの問題を解決するようなパッケージが虐待の親へのプログラムでは必要なことが分かってきたのである。これらのニーズを満たすことを目的として、虐待の親へのペアレント・トレーニングでは、1)子どものマネジメントスキル訓練、2)認知再構成と問題解決訓練、3)ストレスマネジメントと怒りのコントロール訓練の3つの技法が使われることが多い(Azar, 1989; Dore & Lee, 1999)。
 以下では、虐待の親を治療・援助するプログラムとしてよく使われる3つの技法を紹介しながら、虐待の親へのペアレント・トレーニングの特徴を整理していきたい。
 
1)子どものマネジメントスキル訓練
 子どものマネジメントスキル訓練では、子どもをしつけるのに有効な技法が紹介される。それは、虐待する親が暴力的な養育方法を用いるだけでなく、子どもの良い成長を促進するような反応をまれにしかしないことが問題であり、養育の知識の不足として現れる子どもの行動に関する歪曲した認識と信念があるからである(Azar, 1989)。ここでは、子どもの良い行動を増やし、子どもの悪い行動を減らすための方法として、行動療法のテクニック(強化・消去・タイムアウト等)が用いられる(Azar, 1989)。
 子どものマネジメントスキル訓練で重要なのは、親と子の肯定的やり取りを促進することを目標にすることである。虐待の親はそうでない正常な両親と比べると養育においてより暴力的な方法を使う印象はあるが、そうとも言えないことがさまざまなリサーチにより、示されてきたからである。リサーチを見ると、暴力的なやり取りの総量では区分できない場合が多く、差がはっきりしたのは肯定的な親子相互作用や相互作用の総量だったとの報告が多い(Bausha & Twentyman, 1984: Burgess & Conger, 1978)。Burgess & Conger(1978)は身体的虐待の家族・ネグレクトの家族・虐待での通報がない家族を観察した結果、暴力的なやり取りの総量をみると、身体的虐待、ネグレクト、虐待での通報がない家族の順番に低くなっていたが、統計的な有意差は確認されなかった。しかし、肯定的なやり取りは虐待群は言語的・物理的相互作用の両面で低いことがわかった。そして、子どもの問題をあおるような攻撃的なやりとりが多かったと報告された。また、同じような実験をしたReid, Taplin, & Lorber(1981)でも、身体的虐待の親が一番攻撃的なしつけを行っているが、有意差はなかったことを報告している。Baldwin & Ward(1973)によって開発された観察法を用い(ノンバーバルな指示や言語による指示等の11の相互作用をみる)、12人ずつの身体的虐待、ネグレクト、虐待での通報がない家族を観察する実験を行っている。方法としては、家に3日間連続で行き、夕方から、食事時間の90分のやりとりを撮影した。結果としては、虐待群は肯定的なやり取りが少なかった。攻撃的なやり取りに関しては、身体的虐待が一番多く、ネグレクトは少ないことがわかった。両者とも全体的な相互作用は少ない中で、突然爆発する感じであったと報告されている。虐待群の方が子どもの問題行動が多く、肯定的な行動が少ないことも報告され、親と子どもが同じ傾向を示していることが示唆された。ネグレクトの子どもも攻撃性が高いことから、親の関心はそういった方法でのみ与えられると考えられ、治療の方向性として、身体的虐待とネグレクトは分ける必要はあるが、両方ともで、肯定的なやりとりの頻度をあげることと、ネグレクトの親には社会性をつけさせ、身体的虐待の親には攻撃性を下げさせるといったペアレント・トレーニングの必要性が報告された。
 これらの結果を見ると、子どもをマネジメントするのに、虐待の親が日常用いる暴力的なしつけの方法を止めさせることも大切であるが、焦点は肯定的なしつけを増やすことに焦点を当てる必要性がある。Azar(1989)は子どもの良い行動が維持される家族は、よく子どもと関わっており、かわいがること自体は行動の変容を生まないが、このことが媒体となって、他の行動を変えるような他のテクニックを使うときの助けになると言っており、子どもとの関係性の回復にも焦点をおいたプログラムが求められている。


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