日本財団 図書館


2. 現用塗料成分及び性能の調査研究
2.1 現用塗料についての基礎調査
 VOCの定義は、現段階では極めてあいまいではあるが、健康や地球環境への多大な悪影響があることからVOCに対する迅速な対応が必要になっている。塗料に関するVOCの現状について、以下の文献により調査した。
 
○中央環境審議会:揮発性有機化合物(VOC)の排出抑制のあり方について(意見具申)、平成16年2月3日
○平成15年度環境白書
○JIS A 1901
○WHO (World Health Organization (1989): Indoor air quality: Organic pollutants. Euro Reports and Studies No.111.
○厚生労働省(2000):シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会中間報告書
○経済産業省 原野:固定発生源から排出され揮発性有機化合物VOCの削減について、経済産業省から関係各省への情報提供、平成15年10月
○ECA Report No.19 (1997): Total volatile organic compounds (TVOC) in indoorair quality investigation, Europian Collaborative Action, indoor air quality & its impact on man.
○(社)日本塗料工業会:塗料におけるVOC排出抑制に関する課題について、揮発性有機化合物(VOC)排出抑制検討会第2回、平成15年10月21日
○VOC規制の現状と臭気対策の動向、○船舶用塗料と環境問題
○船舶用塗料と環境、○マリンペイントと環境規制、○環境省ホームページ
○中国塗料ホームページ、○日本ペイントホームページ
○カナエ塗料ホームページ
 
2.1.1 VOCの現状
 VOCは、常温で揮発しやすい化合物のことで、トリクロロエチレンやトラクロロエチレン、ホルムアルデヒド、トルエン、ベンゼン、キシレンなど、様々な物質が該当する。油脂類の溶解能力が高く、分解しにくく安定していて燃えにくい性質から、1970年代には理想の洗浄剤として産業界で普及した。他にも塗料、溶剤、接着剤等の用途で広く使われており、自動車産業、自動車修理工場、木工・建築資材、建物や構造物や船舶の屋外塗装、クリーニングや石油産業など、幅広い分野の産業からの排出が予想される。
 国内では1976年(昭和51年)から非メタン炭化水素(NMHC)のモニタリングを行っているが、これには含まれないホルムアルデヒドなど酸素や窒素の結合体もVOCの対象になり、個々の物質数となると数百種に及んでいる。
 ヨーロッパ共同研究(ECA)では、室内空気中に含まれる主な化学物質を表2.1.1-1のように示している。
 
表2.1.1-1 ECAによる室内空気中の主な含有50の化学物質
NO 化学物質 NO 化学物質
1 アレトアルデヒト 26 n-ノナナール
2 アセトン 27 n-ノナン
3 ベンズアルデヒト 28 オクタン
4 ベンセン 29 t-オクタノール
5 t-ブタノール 30 ベンタデカン
6 2-(2-ブトキシエトキシ)エタノール 31 1-オエンタノール
7 酢酸ブチル 32 フェノール
8 エチレングリコールモノブチルエーテル 33 o・ビネン
9 3-カレン 34 1,2-ブロバンジオール
10 キュメン 35 イソプロパノール
11 ローデカン 36 プロピルベンゼン
12 フタル酸ジブチル(DBP) 37 スチレン
13 p・ジクロロベンゼン 38 テトラデカン
14 ロードデカン 39 テトラクロロエチレン
15 2-エチル・1-ヘサノール 40 トルエン
16 酢酸エチル 41 トリクロロエチレン
17 エチルベンゼン 42 1,1,1,トリクロロエチレン
18 ホルムアルデヒド 43 ロートリデカン
19 ローヘブタナール 44 1,3.5-トリメチルベンゼン
20 へブタン 45 ブソイドキュメン
21 ローヘキサノール 46 1,2,3,-トリメチルベンセン
22 ヘキサン 47 TXIB
23 酢酸イソプロビル 48 n・ウンデカン
24 リモネン 49 n・バレルアルデヒド
25 α・メチルスチレン 50 o・キシレン
 
 これらのVOCの有害性として、吸入による頭痛やめまい、腎傷害などの有害性や発ガン性などの可能性が指摘されている。大気汚染の中でも環境基準達成率の低いSPM(Suspended Particulate Matter 粒子状浮遊物質:わが国では大気中を漂う粒径10μm以下の粒子について環境基準が定められている。)が光化学オキシダントの原因物質としてあげられている。このように大気・水域、特に地下水汚染の原因となるほか、住宅の室内空気汚染物質、いわゆるシックハウス症候群の原因物質としても注目され、TVOC(総揮発有機化合物)という概念も提唱されている。
 WHO(世界保健機構)では、室内空気中の有機性化学物質を、化学物質の沸点によって、超揮発性有機化合物(VVOC)、揮発性有機化合物(VOC)、半揮発性有機化合物(SVOC)、粒子状物質(POM)に分類している(表2.1.1-2)。この分類では、ホルムアルデヒト等はVVOCに、トルエン・キシレン等はVOCにフタル酸エステル・リン酸エステルや有機リン系農薬の一部はSVOCに、殺虫剤・防蟻剤に用いられるクロルピリホス等はPOMとなる。
 
表2.1.1-2 有機性室内空気汚染物質の分類
名称 略称 沸点範囲(℃) 
from to
超揮発性有機化合物(ガス状)
Very Volatile Organic Compounds
VVOC <0 50〜100
揮発性有機化合物
Volatile Organic Compounds
VOC 50〜100 240〜260
半揮発性有機化合物
Semivolatile Organic Compounds
SVOC 240〜260 380〜400
粒子状物質
Paticulate Organic Matter
POM 380>
 
 VOCの同定や定量を行う方法に関しては、JIS A 1901に定められているが、環境条件が28℃で室内と限定されている。船舶用塗料に関しては、JISとは異なった環境条件で使用される上に、ISO/DIS16000-6でTVOCは補修方法や分析条件に依存すると述べられていることを考慮すると、船舶用塗料のVOCの正確な同定と定量は極めて難しく今後の課題である。しかし、塗料のVOC量を塗料中に含まれる有機化合物揮発成分の量と定めるならば、次の式で計算することが出来る。
VOC=8.345×塗料比重×(1−塗料不揮発分/100)g/L
 
 固定発生源から排出されるVOC排出量は、環境省の推定で年間約150万トンで、その割合は、(1)塗料(56%)(2)工業用洗浄剤(9%)(3)化学製品(8%)(3)給油所(8%)(5)製油所・油槽所(5%)(6)印刷用インキ(5%)(7)接着剤(5%)(8)ゴム製品・クリーニング(各2%)である。
 (社)日本塗料工業会によると、船舶に用いられる塗料は総出荷量の6.2%、VOC排出比率は7.5%である。また、VOC排出率は100%と何らの対策を施してないのが現状である。
 
2.1.2 VOC抑制技術と規制
(1)抑制技術
(a)塗料転換・塗装の代替品技術
 塗料業界では、過去の石油危機や低公害塗料への強い転換要望などから、かなり以前から代替品の開発研究を行っている。代替の対象としては、ハイソリッド型塗料、水溶性樹脂塗料、粉体塗料などであるが、まだ完全に代替できる状況にはなっていない。このほかに塗装機器による排出抑制方法があり、塗着効率の改善(静電塗装、電着塗装、ホットスプレーなど)や塗装方法の検討と、ブースやオーブンの改良や放射線硬化システムの利用(紫外線、電子線硬化塗料)などがある。
(b)溶剤回収
 溶剤回収は高濃度のVOCが対象となるが、普通、回収効率が70〜80%を超えることは難しく、多く使われている溶剤回収法は、凝縮法、吸収法、吸着法、液体抽出法である。
(c)VOC処理技術
 VOCの処理技術としては、次に示すような方法がある。
(i)燃焼法では直接燃焼法と蓄熱式燃焼法、触媒式脱臭法がある。
(ii)吸着法は、吸着方式や吸着剤と吸着機構や再生機構などで異なるが、広く利用されている。
(iii)生物処理法には、固相タイプとしては土壌脱臭法、充填塔法などバイオフィルターと呼ばれるものと、液相タイプとしては曝気(ばっき)法とスクラバー法とがある。
(iv)その他、米国ユニオンカーバイト社の開発になる技術−ユニカーブシステム−では超臨界状態の炭酸ガスを溶剤の代りとして用いるスプレー法で、VOC量を30〜70%削減できるとされている。また、凝縮法やハニカム式濃縮法などがある。
 以上の処理技術には、それぞれ長所、短所があり、処理目的に応じて選択すべきであるが、熱交換率や低燃費などから、VOCの総量規制が進むと、比較的低濃度のVOCの処理技術が必要となる。低濃度VOC処理法として、蓄熱式燃焼法と触媒式脱臭法とを組み合わせた「蓄熱触媒燃焼装置」が注目されている。
 
(2)VOCの規制
 WHOはVOCの室内規準を表2.1.2-1のように示している。
 
表2.1.2-1 WHOのVOCの室内空気基準
VOCの種類 濃度(μg/m3)
アルカン類 100
芳香族炭化水素類 50
ターベン類 30
ハロカーボン類 30
エステル 20
アルデヒド類・ケトン類 20
その他 50
合計 300
 
 VOCを発生する炭化水素系物質は約30年前、光化学スモッグを発生させるオゾン(O3)の二次生成粒子の原因物質として問題視され、環境基準値や規制策の検討がなされた経緯がある。しかし、当時同様に喫緊の課題であったNOx対策の方に重点がシフト、さらに基準設定の技術的課題もあって、この時はNMHCの大気中指針値やその対策マニュアルを策定するにとどまった。その後、固定発生源対策は具体化されていない。
 また、中央環境審議会は16年2月の意見具申でVOCの削減目標を平成22年度までに現在の3割減とした。環境省では国会への法案提出を予定している。
 厚生労働省はシックハウス対策として、2000年(平成12年)12月に表2.1.2-2に示すようにVOCの規制値の指針を示した。この値は、居住閉鎖空間において28℃での限られた条件下のものであるが、なし崩しにその他の条件にもその数値が規制値となる可能性がある。
 
表2.1.2-2 VOC規制値の指針(厚生労働省)
μg/m3 ppm
1, ホルムアルデヒド 100 0.08
2, トルエン 260 0.07
3, キシレン 870 0.2
4, パラジクロロベンゼン 240 0.04
5, エチルベンゼン 3800 0.88
6, スチレン 220 0.05
7, クロルピリホス 1 0.07ppb
↑(小児の場合)
0.1 0.007ppb
8, フタル酸ジ-n-ブチル 220 0.02
9, テトラデカン 330 0.04
10, フタル酸ジ-n-エチルヘキシル 120 7.6ppb
11, ダイアジノン 0.29 0.02ppb
12, アセトアルデヒド 48 0.03
13, フェノブカブル 33 3.8
総VOC 暫定目標値 400
 
 なお、厚生省のシックハウスに関するガイドラインは表2.1.2-3のとおりである。
 
表2.1.2-3 
厚生省シックハウス問題に関する検討会によるガイドライン値
VOC 毒性指準 室内濃度
指針値
μg/m3(ppm)
ホルムアルデヒド ヒト暴露における鼻咽頭粘膜への刺激 100(0.08)
トルエン ヒト暴露における神経行動機能及び生殖発生への影響 260(0.07)
キシレン 妊娠ラット暴露における出生児の中枢神経系発達への影響 870(0.20)
P.ジクロロベンゼン ビーグル犬暴露における肝臓及び腎臓への影響 240(0.04)
エチルベンゼン マウス及びラット暴露における肝臓及び腎臓への影響 3800(0.88)
スチレン ラット暴露における脳や肝臓への影響 230(0.05)
クロルビリホス 母ラット暴露における新生児の神経発達への影響及び新生児脳への形態学的影響 1.0(0.07ppb)
小児科の場合0.1(0.007ppb))
フタル酸・ロ・ジブチル 母ラット暴露における新生児の生殖器の構造異常等影響 220(0.02)
テトラデカン 高濃度で麻酔作用、皮膚の乾燥・角化・亀裂
長期では接触皮膚炎
330(0.041)
ノナニール 生化学値の変動を引き起こすことがある 230(0.040)
DOP 目・皮膚気道への刺激性、消化管への影響あり 120(0.0076)
ダイアジノン 急性中毒・けいれん等の傷害あり 0.29(0.023)
 
 1998年(平成10年)2月、OECDからの導入勧告に基づき、わが国でも「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」が1999年(平成11年)に公布された。この法律は「PRTR法」や「化学物質排出把握管理促進法」という略称で呼ばれている。以下に各国のPRTRを表2.1.2-4に示す。
 
表2.1.2.4 各国のPRTR
項目 オランダ イギリス カナダ アメリカ 日本
制度 環境管理法
(1997年改正)
環境保護法
(1990年)
環境保護法
(1990年)
緊急対処計画及び地球住民の知る権利
(1986年)
化学物質排出管理促進法
(1999年)
対象物質 約170物質 施設ごとに異なり統一リストはない 約180物質 約600物質 354物質
対象施設 法の規制対象 法の規制対象 製造施設 製造施設 法の規制対象
施設 施設 連邦政府施設 施設
開示 NOIデーターの公表個別
データー閲覧可能
個別データーおよび集計データーの公表
 
 PRTRにおいて、現在流通している第1種指定化学物質として以下に該当する354物質が指定されている。第一種指定化学物質は、環境中に広く継続的に存在し、次のいずれかの有害性の条件に当てはまる物質である。
(a)人の健康を損なうおそれがあるもの
(b)動植物の生息もしくは生育に支障を及ぼすおそれがあるもの
(c)オゾン層を破壊し、太陽紫外線放射の地表に到達する量を増加させることにより人の健康を損なうおそれがあるもの
 これらについては、2000年(12年)12月の通産省令 指定化学物質等の性状及び取扱いに関する情報の提供の方法等を定める省令 により対象事業所(業種、従業員数及び取扱い量の条件あり)に対し排出量及び移動量の届け出とMSDSの提出が義務付けられた。MSDS制度は2001年(平成13年)1月に施行されたが、化学物質及びそれを含有する製品を事業者間で取引きする際に、化学物質を適切に取扱うために必要な情報の提供を法的に義務づけている。以下にMSDSの記述内容を示す。
a)化学物質等及び会社情報、b)組成成分情報、c)危険有害性要約、d)応急処置、e)災害時の措置、f)漏出時の措置、g)取扱い及び保管上の注意、h)暴露防止及び保護措置、i)製品の物理化学的性質、j)安定性及び反応性、k)有害性情報、l)環境影響情報、m)廃棄上の注意、n)輸送上の注意、o)適用法令、p)その他の情報


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION