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2.2 離岸流等の観測手法について
 本研究の目的が海浜の事故防止と安全な利用の増進を図るものであり、離岸流等の観測手法について、以下の2点から検討する。
(1)海浜利用者や安全監視員等が実際の海域で離岸流を判別ための観測方法
(2)海岸管理者等が当該海岸の離岸流特性を把握するための離岸流観測手法
 
2.2.1 海岸利用者や海浜の安全監視員が利用できる現地での離岸流判読手法
 現地で観測機器を用いずに離岸流を判読するのは、一般論としては難しく、少なくとも多少の訓練が必要となる。言い換えれば、経験と訓練を積めば、ある程度は人間の五感で離岸流の存在が察知できる。以下に、西が多くの観測経験のもとに提案した判定材料(5つの指標と1つの判断)を示すが、今後、多くの人に新たな経験的判定材料が追加検証され、できるかぎり普遍化されることが大切である。
 なお、この離岸流判読手法は、後述する「離岸流特性を把握するための観測手法」において、事前観測の手法としても応用できる。
【指標1】
 汀線の凹凸(波状)地形、背後の浜崖の屈曲した侵食状況、また、直接目には見えないかもしれないが砕波状況から沖合いの浅瀬が不連続(離散的)になっている等の、地形の状況の見極めをつける必要がある。
【指標2】
 水表面(海水表面)の一部だけが周辺に比べて乱れている、ざわついている、擾乱がある、小さな漣(さざなみ)がある等の何らかの違いを見極める必要がある。
【指標3】
 波の峰線(波峰線)形状に着目する必要がある。砕波(白波:ホワイトキャップ)が見られない、波峰線が一部海側に曲がっているところは、波に対する逆流(離岸流)の存在を示唆するものである。
【指標4】
 離岸流域には浮遊物(漂流物、ゴミ)等が集積しやすい特性がある。また、離岸流域に海藻などが集積している場合には周辺海域に比べて色が黒く(暗く)見えがちとなるので、この様なゴミの集積状況をみることが大切である。
【指標5】
 マリーンレジャーで知らない海岸に行く場合には、基本的に地元海域を通常利用している人々に海岸の様子を尋ねるということが大切である。
【判断】
 海水浴中に離岸流に入ってしまったと実感した場合、実際の漂流実体験から判断すると、波浪がそれほど高く無い状況では、離岸流に乗り沖合へ移動し離岸流頭で岸に向かい泳ぎ始めることは一般的には妥当と考えられるが、波浪の高い状況では離岸流に対して横方向、あるいは汀線に対して平行にできるだけ早くから泳ぎ始め、離岸流から脱出し、その後、岸向に泳ぐ方が良いと思われる。
 
2.2.2 当該海岸の離岸流特性を把握するための観測手法
 本研究では、対象海岸の特性から次の2つの手法を用いた。その特徴は「広域的な平面流況観測」と「ポイントにおける要因相互の時系列観測」を有機的に組み合わせた観測手法である。特に「広域的平面流況観測」においては、上空からのカメラやビデオの画像解析からは多くの重要な情報を得ることができ、有効な観測手法となった。
 
モデル海岸I: Local Remote-Sensingによる観測システム
モデル海岸II: 航空機等による広域観測とLocalな波浪・流れ場の有機的な観測
 
 本調査研究において使用した観測機器やその配置や観測期間等については、各々の観測結果に委ねるとして、ここでは、本調査研究で採用した、又は委員会で検討された「離岸流特性を把握するための有効な観測手法」について示す。
 
(1)事前調査の必要性
 離岸流は、個々の海岸において発生場所、時期、パターン等を予見することが難しいため、調査にあたっては「事前調査」と「本格調査」の2段階で実施するのが適当である。すなわち、事前調査では対象海岸において、海岸地形や来襲する波浪から離岸流の発生しやすい場所を特定するとともに、その継続時間及び発生パターン等の概要を把握し、本格調査における観測手法、観測機械機種、配置、期間等の選定・立案の基礎資料とする。
1)既往資料の収集整理
(1)浅海域の海底及び海岸地形の把握:海図、深浅図、航空写真等の収集整理
(2)波浪特性の把握:外洋波浪データの収集整理
2)踏査
 できるだけ高い場所からの目視観察、写真・ビデオ撮影、及び海岸での浮標(木片、フロート・シーマーカー等)の目測追跡等により、対象域全体の海浜流系の発生場所と頻度、継続時間及び発生パターン等を把握する。
 なお、前述した現地での離岸流判読手法は、現地踏査において有効な活用できる。
3)対象海岸の全体地形と離岸流の広域的特性把握
 できるだけ複数時期の航空写真から、撮影時の波向・波高・周期、離岸流の発生間隔・沖合規模等を判読し、対象海岸の全体地形との関連で離岸流の特性を把握する。
 本調査研究では各海上保安本部海洋情報部の協力により「事前調査」として実際に航空機等から観測したが、「本格調査」を選定・立案するうえで有効であった。なお、「航空等からの離岸流探査マニュアル」を別途巻末に示しているので参照された。
 
(2)海浜循環流の全体的な観測
 離岸流は海浜循環流の一部として発生するものであり(図−2.1.1参照)、離岸流の規模、流況パターン、発生間隔等を把握するには、単に離岸流観測にとどまらず、海浜循環流の全体の流況を把握する必要がある。
 海浜循環流の全体像を把握する手法として、航空機や気球を利用した上空からのビデオや熱映像カメラによる撮影画像の解析が極めて有効である。なお、撮影する場合に、同時にGPSフロートやシーマーカーを投入して評定することにより、画像解析精度が格段に向上する。上空からの撮影で航空機は広範囲の撮影に、気球は長時間の撮影に適している。この他に、周辺の高いビルや高所作業車などの利用も考えられる。
 
(3)相互に関連した発生要因の一体的な観測
 既往の研究で、離岸流は地形、波、流れ等の発生要因の相互干渉として発生することがわかっている。また、これら発生要因の相互干渉の関係を数値モデル化して、離岸流(海浜循環流)シミュレーションとして再現することができる。
 対象海岸で、離岸流発生メカニズムや流れの構造を把握し、数値モデル化するためには、地形、波、流れ等の個々の現象を捉えることも大切であるが、海浜流の体系としての波や流れや地形等の各々の要因間を相互に関連づけて観測することがより大切となる。
 
(4)観測機器と観測手法の適切な選定
 波や流れや地形等を計測するための一般的な観測機器とその特徴については、例えば「海岸施設設計便覧」(2000年)に記載されており、ここでは、今後の離岸流調査研究に参考となると考える観測機器と観測手法について述べる。
 
1)流れ観測
(1)浮標の追跡観測
 浮標の追跡観測は、海浜循環流系の平面流況を把握するのに適している。浮標としては、釣り糸に付けたGPSフロート、シーマーカー、回収が必要ないもの(例えば煎餅:時間経過で溶け出し魚の餌となって消失)が考えられ、特に上空からのビデオ撮影と併用することにより、画像処理して流況や流速を計測することができる。
 
(2)定点観測
 定点観測では、波浪と連動した細かい変動流速を含めて、時系列的な観測が必要である。また、離岸流は一般的に上層と下層では流況が異なっており、従って同時に多層の流れ観測が可能な流速計が離岸流観測には適している。この2つの要件を備えた流速計としてはADCP流速計(超音波流速計)がある。なお、ADCP流速計を横向き据えて、水平方向の多数断面での観測を行なった報告もある。
 
(3)熱映像写真による画像解析
 本調査研究で上空から離岸流の熱映像写真を撮影した。その結果、離岸流が発達する場所では低温水域として撮影された。これは離岸流に巻き込まれた人の「海水が冷たく感じた」との証言と一致している。しかし毎回、同じように低温水域として観測されるものではなく、再現性に疑問も残るが、海浜循環流はごく浅海部での海水の潜り込みや湧き上がりを伴う複雑な流況であることから海浜流系全体の表面海水温度は不均一と考える。従って、海水の表面温度を指標に離岸流を見つけ出すこの手法は、今後、有効な観測手法となることが期待される。
 
2)波浪観測
 波浪観測は流れ観測と同時並行的に観測することが大切である。加えて、波向きが離岸流の流況パターンや流速に大きく影響することが本調査研究で確認され、波浪観測においては波向き観測が不可欠である。従って、離岸流観測において波浪観測をする場合、使用する波高計は通常の波高・周期観測に加えて、波向観測が可能なものを用いるのが適当である。
 
3)浅海域の海底地形の把握
 離岸流の流況は浅海域の海底地形に大きく影響されることが明らかになった。このため、当該海域の離岸流の発生機構や構造の解明にはごく浅海域の海底地形の把握が欠かせない。特に、本研究で遊泳可能な程度の波高条件では、離岸流の流況パターンにごく浅海域の微地形変化が大きく関わっていることが明らかになった。
 
(1)従来の海底地形測量
 海底地形計測には、音響測深機やマルチビーム測深機による深浅測量が最も一般的であり、また精度も高いが、浅海域は波が砕波して測量船が航行できない。このため、浅海域で従来の測深方法を用いる場合、波高の低い日を選んで満潮時に素早く行なうなどの現場経験の蓄積、小型で安定した搭載艇の開発、ダイバーによる直接水準などの、現場の作業手法の工夫が重要となる。
 
(2)新しい海底地形測量
 近年、海上保安庁海洋情報部で航空機によるレーザー測深が導入され、浅海域の海底地形測量には絶大な威力を発揮することが報告されている。しかし、これら観測機器システムは非常に高価であり、これらを用いた測量の普及には時間がかかると考えられる。
 
(3)応用地形計測
 現地において、刻々変化する地形変化を比較的容易にできる手法を以下に示す。
a)3Dスキャナーによる海浜地形測量
 ごく浅海域の海底地形変化は背後の海浜地形変化と密接に連動していると考えられる。従って、海浜地形の刻々の変化を克明に把握して、ごく浅海域の海底地形の変化の様子を推測するという考え方がある。これには、昼夜を問わず、10分間程度の計測で海浜全体の微地形が高精度で測量できる3Dスキャナー(3次元レーザー測量機)が優れている。
b)ビデオや写真の数分間の平均画像による海底地形の把握
 ビデオや写真の数分間の撮影画像を1枚の平均画像として輝度合成し、ごく浅海域の海底地形の概要を把握する手法がある(独立行政法人港湾空港技術研究所のホームページ参照)。波は水深により砕け方が異なるため、数分間の平均画像には波が良く砕けて白くなる場所(浅い場所)と砕け方が小さて暗くなる場所(深い場所)の分布が読みとれる。
c)GPSによる海岸地形測量
 潮位変化の大きい海域では、満潮時〜干潮時にGPSを背負って水際線を移動することにより、その移動軌跡が満潮〜干潮間の等深線となる。なお、実際には波が遡上を繰り返すため水際線を見極めて移動するのは難しい面もあるが、概略の極々浅海域の海底形状やその変化を把握するには極めて有効である。


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