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7. コモンセンス・ペアレンティング報告会報告
 神戸少年の町版CSPビデオ教材披露会の翌日の2005年12月5日に報告会を開催した。
 
7.1 対象
 神戸少年の町版CSPビデオ教材披露会と同じく、2005年12月までにCSPトレーナー養成講座を修了した176名を対象とし、61名が参加した。
 
7.1.1 属性
 属性は5.1を参照
 
7.2 日時と場所
 披露会の二日目の2005年12月5日(月)にチサンホテル神戸にて開催した。
 
7.3 報告者
 司会を社会福祉法人神戸少年の町児童指導員の野口啓示が務めた。実践報告は児童相談所職員4名が行った(プライバシー保護を考え、個人名と団体名の記載を控える)
 
7.4 参加費
 経費には全て助成金を当て、参加費を無料とした。
 
7.5 報告会の内容
 報告会の内容を報告する。4名の報告者と司会でパネルディスカッション形式の実践報告会を行った。以下に当日報告されたもののうち、掲載の許可が得られた事例の要旨を掲載する。なおプライバシーに配慮し、個人が特定される恐れのある情報は削除してある。
 
7.5.1 事例1
主訴:父親からの身体的虐待
問題の経過:保育園よりの通告。通所指導をしたが、改善がなく、一時保護に至った。怒りのコントロールが難しく、しつけとして暴力をふるっていた。また、母親も虐待を止められなかった。
CSPの経過:里親委託後、引き取りを目標に、夫婦にCSPを実施。わかりやすいコミュニケーションや効果的な誉め方では、「どうしてよいのかわからない」ととまどいを見せるが、後半に向けて意欲が出てきた。
CSPの結果:怒りのコントロールができず、子どもとの関係を悩んでいた父親に対し、CSPの実施により暴力にかわる具体的なしつけの方法を学習してもらうことができた。また、発達段階に見合わない過度な期待がしつけをエスカレートさせ、結果的に失敗体験を重ねるという悪循環を招いていたが、その年齢に見合った発達課題を理解することで誤まった養育観の認知的な転換を図ることができた。
 
7.5.2 事例2
主訴:父親からの身体的虐待
問題の経過:登園時、顔を腫らしていたとの理由で幼稚園より通告があった。以前にも同じようなことがあったので、職権で一時保護。
CSPの経過:家庭引き取りのためのプログラムの一環として夫婦にCSPを行った。当初、父親は児相に攻撃的であったが、「子どもと家でうまくやっていけるように、一緒に考えていきましょう」と導入したところ、CSPの受講に同意した。
 兄弟もいっしょに同席したので、内容をすべてカバーできないこともあった。また、家庭のやむをえない事情から、引き取り日が決まっていたこともあり、急ぎ足の実施であった。1回目から、「学んだことを日常生活から心がけて習慣化したい。今は子どものために、いい機会であると考えて、この機会を有効に活用したい」との積極的な態度であった。後半から外出、外泊を行った。
CSPの結果:「勉強したことにより引き出しが増え、意識をしないところで、子どもへの対応が変わった」と評価する感想が聞かれた。また、外出や外泊中も、エピソードをあげながら、「以前よりも子どもにわかりやすい言葉で話せるようになった。ちゃんとコミュニケーションとれるようなった」と報告した。引き取り後、1ヶ月ほどは順調であったが、しだいに子どもとの行動に苦労しているという相談はあるも、暴力は出ていない。
 
7.5.3 事例3
主訴:施設職員へのCSPの実施。施設処遇の向上を目指した。2回目までの実施であった。
CSPの経過:特に何かの問題があっての実施ではないが、子どもの気持ちを汲んだコミュニケーションについては適切にできていることが多いのに対し、行動を的確に捉えて必要な枠組みを提示することが苦手であると児童相談所、施設の双方が感じていた。そこで、児童相談所からCSPの活用を提案したところ、園も興味を示し、定期的な実施となった。
CSPの結果:途中なので、全体的な評価はできないが、以下のように感じられた。
 今後の課題としては、実際の施設での生活場面に即した「良い結果・悪い結果」を探していくことと、現実場面に近いロールプレイ場面を作っていくことである。2回の実施であるが、職員が自分たちの処遇を見直すきっかけともなったようである。
 
表7-1 CSPのよいところと気になるところ
第1回「養育者としての親(行動観察と表現)」
よいところ 気になるところ
■グループ参加への高いモチベーション
■積極的な発言
■反応が見えやすい
■「行動」を扱うことへの抵抗
■理由を言い過ぎること
■「悪い行動」を探しすぎる傾向
■相手を説得しようとする言葉
第2回「養育者としての親(良い結果・悪い結果)」
よいところ 気になるところ
■「この場は練習です」の効果
■他のメンバーの練習に対して、積極的に意見を出す
■厳しい悪い結果
■「行動を表現する」ことへの難しさ
■現実と離れてしまうロールプレイ
■「悪い結果」と「罰」
■大人の側の理由付け
 
7.5.4 実践報告のまとめ
 本紙面では、3事例を紹介した。2例は身体的虐待、1例は施設職員へのCSPの実践報告であった。すべての事例でよい変化が見られたということであった。特に、事例1では、効果測定を実施している(紙面の都合上紹介できなかった)。TK式診断的親子関係検査診断テスト(両親用)を実施前と実施後に、また「父親の怒りのコントロール」度や「適切な養育への自信」度を帰省ごとに実施している。「父親の怒りのコントロール」や「適切な養育への自信」はCSP実施の理由であり、これらの変化をトラックするのはゴールを明確にするという面でも正当な評価である。自らの実践での効果測定は、実践の正当性を明確にするということだけではなく、現在心理や社会福祉の実践で求められるアカウンタビリティに応えるものである。こういったニーズにどれだけCSPが応えられるのか、今後も評価を実施した事例の積み上げが求められる。
 事例2は時間的な制約の中で行ったということで実に日本らしい事例である。日本では3月末の引き取りが非常に多い。これは世間体を気にすることから生まれるとも言われるが、世間体を気にしないで済むような認知の変容を行う援助は難しいであろう。現場ではこの時間的な制約の中で、ぎりぎりの援助を行っている。今回フォローアップができる関係性にたどりついただけという意見があったが、その関係こそが求められるとも考えられる。
 事例3は施設職員への実践である。現在、施設養護もその方向性を求めて揺らいでいる。被虐待児を含め処遇の難しい子どもが増えている中では、児童相談所からの支援は施設として心強いであろう。施設職員への研修や教育はいわばスーパービジョンとも関わる問題である。日本では、福祉従事者へのスーパービジョンの必要性が言われているのにも関わらず、これらの実践事例は少ない。特に児童養護施設へのスーパービジョンヘの事例報告は希少である。実践前に効果測定を目的としてPreテストを実施したということなので、実践後にPostテストを実施し、その効果を検証し、再び報告していただきたいと思う。
 
7.6 報告会の評価
 報告会の修了時に参加者にアンケートを実施し、報告会の評価をしてもらった。残念ながら、参加した全員から回答を得ることはできなかったが、46名がアンケートを提出し、回収率は75.4%であった。「実践報告(パネルディスカッション)は満足できる内容でしたか?」の質問には、「どちらかというと満足した」を含めるとアンケートを提出した40名(96.2%)が満足したと答えた。
 自由記述欄を見ると、「今までは、机上のものとしてか感じられなかったが、現実に受け止めることができ、勉強になりました」「中身だけでなく、どのような条件で苦労しながら、実施しているかの実態が分かった」「実践している方の報告をきくと刺激になる」「悪戦苦闘の中に、何かをつかみとる様子が伺え、共感できた」「親だけでなく、施設職員への実践もあって、興味深い。現在実践途中なので、評価を意識しながらやることの大切さが身についた」等のポジティブな意見が多かった。
 
表7-1 報告会参加者の評価
非常に満足した 満足した どちらかというと満足した どちらとも言えない 合計
実践報告(パネルディスカッション)は満足できる内容でしたか? 24名
(45.3%)
12名
(22.6%)
4名
(7.5%)
2名
(3.8%)
43名
無回答
4名
注 7段階で評価(7: 非常に満足した、6: 満足した、5: どちらかというと満足した、4: どちらともいえない、3: どちらかというと期待はずれだった、2: 期待はずれだった、1: 非常に期待はずれだった)
 
7.7 まとめ
 昨年度に引き続き実践報告会を行った。実践事例が全国的に増えてきたという報告もある中での4事例であった(紙面では3事例の報告)。身体的虐待が多いが、子どもに発達障害が見受けられるケースへの実践も報告されつつある。また、今回は施設職員へのスーパービジョンの実践が報告されたことは興味深い。報告会への参加者からの満足度は高く、「自分もしてみたい」と前向きな気持ちになった参加者も多い。こういった情熱を支えるためにも、今後も報告会を継続して行いたい。
 
8. 総括
 以上、日本財団の支援を受けて神戸少年の町が行った「被虐待児の保護者支援ビデオ教材日本版の作成及び専門職講座の開催」事業の報告を行った。2005年度は「神戸少年の町版コモンセンス・ペアレンティングビデオ教材の作成」「神戸少年の町版コモンセンス・ペアレンティングビデオ教材披露会」「コモンセンス・ペアレンティング・トレーナー養成講座の開催」「コモンセンス・ペアレンティング報告会の開催」の4つの事業を実施した。今年度は、私たちの一つの目標であった日本オリジナル教材である「神戸少年の町版コモンセンス・ペアレンティングビデオ教材」を作成することができた。今後の事業はこの神戸少年の町版を用いて行う予定である。効果測定に関しては、実践事例の報告を待たねばならないが、CSPトレーナーを対象に行った教材の披露会での感想を集計すると、高い満足度が得られた。そして、米国版との比較においても、日本での実践への手ごたえを感じた。
 また、今年度開催したトレーナー養成講座で、後半の2回を神戸少年の町版教材を用いて実施した結果、神戸少年の町版は米国版と同様の高い満足度を得るのと同時に、それぞれのプログラムにおいても、高い評価を得ることができた。これらの結果から、神戸少年の町版の実践での有効性が示唆された。筆者が虐待の臨床で、このプログラムを用いたところ、受講者の評判は上々で、プログラムの進行が楽になったと感じた。筆者以外での実践はまだ数人であるが、よい結果が得られたという感想も聞かれている。今後の課題は、このプログラムの効果を吟味することである。どのような変化がプログラムの実施においてもたらされたのかを実証していく作業である。現場だからこそできるデータめ積み上げをしたい。そして、そういったデータの中から示された方向性により、よりよいプログラムヘと精錬していて行きたい。このことこそが私たち臨床家に求められるアカウンタビリティに応える方法だと考える。
 児童虐待防止法が改正され、28条のケースに限ったことであるが、児童相談所の親への支援が名文化され、そしてその評価を2年後に行うという制度になった。2年間で何らかの実践を行い、それを評価しなければならないのである。評価をする場合、援助実践の効果へ踏み込まなければならなくなる。評価については、虐待のリスクアセスメントを中心に行われるのが原則であろうが、援助実践への評価は、虐待のリスクをどの程度低めることが出来たのかを評価することになる。つまりは、援助実践でのゴールを明確にし、そのゴールヘの達成度を評価するのである。行動心理学を基礎にしているCSPではモジュールに対するゴールが明確な分、評価のしやすさはあろう。しかし、引き取りに対するリスクアセスメントをすれば、引き取れるケースはなくなるとも言われる中、どの程度、どのような評価を行うべきかなのかについては、今後、ますます議論を深める必要性があろう。
 家族再統合に向けた援助においては、プログラムを中心に考えられることが多い。どのようなカウンセリングや治療的プログラムを行うのかということがその焦点に置かれているように感じる。そしてこのCSPもそういったプログラムの中の一つである。しかし、家族再統合では、そういったプログラムをどのようにクライエントにつないでいくのか、そしてどのようにマネジメントするのかという導入と、そして治療プログラムの効果をどのように維持していくことができるのかというフォローが重要である。後者は行動療法でいう般化である。ここで重要なのは、面接室の中でできた適切な養育(暴力を伴わない養育)が空間的・時間的に般化できるのかである。これら両者はケースワークの機能として整理されるものであるが、この機能とプログラムが両輪とならなければ、効果は期待できないであろう。CSPのプログラムの中身の吟味も必要であるが、そのプログラムをどのように導入、実施し、そしてフォローするのかというより幅広いソーシャルワーク的な実践データの積み上げが必要となる。
 課題は多く、非常に小さいことの積み上げしかできないのが現実であるが、それが日本の虐待防止への一歩となることを祈ってこの報告書を締めくくる。


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