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4.3.2 神戸少年の町版CSPのプログラムの作成
 プログラムは米国版と同様に、経験的学習を重視し、具体的なしつけのスキルが身に付く構成と内容になっている。プログラムの構成は3.2で紹介した内容と同じく、1)復習、2)講義、3)ビデオによるモデリング、4)ロールプレイとディスカッション、5)まとめである。米国版との大きな違いは、米国版では、「教育者としての親」というプログラムが「行動の観察と表現」と「良い結果・悪い結果」の二つの内容を含んでいたのに対し、神戸少年の町版では、「行動の観察と表現」を「わかりやすいコミュニケーシヨン」として独立させ、「良い結果・悪い結果」と分けた。また、「まとめ」のセッションはフォローアップの内容であると位置づけ、プログラムからはずした。
 もう一つの神戸少年の町版の特徴は、身体的虐待をした親への教育支援プログラムとしての実効性を向上させる工夫を行った点である。各プログラムの中で、叩く以外のしつけがあることを意識させるために、「多くの場合、怒鳴るや叩くという結果は効果がないようです」等の表現をよく用いた。また、虐待の親の特徴として挙げられることが多い「子どもへの過度の期待」や「問題解決能力の低さ」に介入するモジュールをプログラムに導入し、9つのモジュールからなる6回のプログラムとした(表4-10、表4-11参照)。
 また、米国版がグループを対象とした2時間のセッションになっているのに対し、神戸少年の町版では、個別対応の1時間のプログラムにした。以下に簡単ではあるが、神戸少年の町版での改善のポイントを中心として、それぞれのプログラムの説明を行う。
 
表4-10 神戸少年の町版CSPのモジュール
モジュール名 ゴール
(1)わかりやすいコミューケーション(行動の観察と表現)
子どもの行動を抽象的な言葉を使わずに、具体的に表現する方法を身につける。
(2)良い結果・悪い結果
(賞・罰)
行動の後の結果(親の対応)に注目し、子どもの良い行動を増やし、子どもの悪い行動を減らす方法を身につける。
(3)効果的な誉め方
効果的に誉める方法を身につける。
(4)予防的教育法
前もって、子どもに言ってきかせる方法を身につける。
(5)問題行動を正す教育法
子どもの問題行動に介入する方法を身につける。
(6)自分自身をコントロールする教育法
子どもが感情的になって反抗したり、泣き叫んだり、すねたりといった親子の緊張が高まる場面での対処方法を身につける。
(7)落ち着くヒント(怒りのコントロール法)
怒りをコントロールし、落ち着きを維持する方法を身につける。
(8)子どもの発達と親の期待
親の子どもへの期待を整理しつつ、親の過剰な期待(認知の歪み)の修正を意図する。
(9)問題解決技法
5ステップの意思決定の方法から、具体的な問題解決の方法を身につける。
 
表4-11 神戸少年の町版CSPの6セッションと使用するモジュール
わかりやすいコミュニケーション モジュール1
良い結果・悪い結果 モジュール2・モジュール9
効果的な誉め方 モジュール3
予防的教育法 モジュール4・モジュール7・モジュール8
問題行動を正す教育法 モジュール5・モジュール8・モジュール9
自分自身をコントロールする教育法 モジュール6・モジュール7・モジュール9
 
わかりやすいコミュニケーション
 米国版では「教育者としての親」となっているセッションを「わかりやすいコミュニケーション」と「良い結果・悪い結果」の二つに分けた。「わかりやすいコミュニケーション」では、暴力的なしつけというものに、より焦点があたるような工夫を行った。厳しいしつけが暴力と結びつきやすいこと、また、叩くことでは親のメッセージが伝わりにくいことを取り上げた。また、親のイライラを解消するためにできる工夫についても盛り込んだ。
 内容としては、しつけを「親が子どもに行うトレーニング、教育、そして説明」と定義し、しつけの教育的な面に注目することと、その教育的な力を向上させるためのこつとしてのコミュニケーションを取り上げた。ここでは、「ちゃんと」や「きちんと」といった「あいまいな表現」を使うのではなく、行動面を具体的に、簡潔に表現する「わかりやすい表現」の講義と練習を行う。
 ビデオでは、子どもの問題行動としてあげられることの多い「遊び食べ」を取り上げた。また、ダメを受け止めた子どもにあいまいな表現を使うという場面では、子どもがするのは当然と思ってしまう親の心理をクローズアップさせるため、日本版では、何のフィードバックも与えないというシナリオにした。ちなみに、米国版では母親は「Good Girl」と表現している。
 
 
良い結果・悪い結果
 良い結果・悪い結果とは行動心理学の強化と罰に相当するものである。つまりは、良い結果はその結果が与えられたあとに、行動が増えることを前提としているのに対し、悪い結果はその結果が与えられたあとに、行動が減ることを前提としている。この考えから、身体的虐待を見てみると、叩くや怒鳴るといった暴力的なしつけが効果的な悪い結果(罰)になっていないと考えることができ、親の目標は、子どもの問題行動を変えるための効果的な悪い結果や良い結果を使うことになる。ここでは、このような考え方から、どのようにすれば子どもの望ましい行動を増やすことができ、またどのようにすれば子どもの望ましくない行動を減らすことができるのかを子どもの行動とその結果から考えるスキルの体得を目的としている。
 神戸少年の町版では、暴力的なしつけを止めさせるということにより焦点があたるようにした。悪い結果として、親がよく使うのが怒鳴るや叩くという罰であること、しかし、これらで子どもの問題行動を減らすことが難しいことを解説した。また、良い結果と悪い結果のイメージをより明確にするため、良い結果を「よかった体験」、悪い結果を「しまった体験」と表現した。
 ビデオ教材の中では、叩く以外の悪い結果としての「もう一度させる方法」と「元に戻す責任をとる方法」を紹介した。前者はレスポンスコスト、後者はオーバーコレクション(過剰修正)である。
 
 
効果的な誉め方
 効果的な誉め方では、子どもの望ましい行動を増やすために、どのように子どもを効果的に誉めていけばよいのかを 1)賞賛、2)望ましい行動の表現、3)理由の説明、4)良い結果というステップから説明する。
 神戸少年の町版では、子どもを日常的に叩くほど、親子関係に葛藤を抱えることが多いことを考慮し、心から誉められなくても大丈夫、誉めるふりからでも、親子関係を変える力があると保障するのと同時に、「誉められなければ、認めることから始めましょう」と誉める行動を再定義した。
 ビデオでは、誉めるチャンスを逃す父親に携帯メイルをさせる等、現在の家族事情に近くなるように場面設定を行った。また、気持ちを切り替えた子どもを誉めるシーンを作成し、叱るのか、誉めるのかは親が選択できるということを示した。
 
 
予防的教育法
 予防的教育法では、子どもに前もって言ってきかせる方法の学習を行う。1)説明、2)理由、3)練習の3つのステップを踏みながら、子どもにわかりやすく親の期待を伝える方法を学習する。
 神戸少年の町版では、「予防的教育法」のモジュールのほか、「落ち着くヒント」「子どもの発達と親の期待」のモジュールを取り込んだ構成にした。練習のステップでは、リハーサルの効果だけでなく、親が子どもの成長と理解を確かめる機会となることを解説できるようにした。また、後半に「落ち着くヒント」を取り上げた。
 ビデオでは、がんばり表を使って子どもに予防的教育法を使う例を新しく採用した。また、買い物に行く前に言って聞かせようとする母親の例では、脅しが脅しになっていないという状況にした。これは、コントロールが利かない子どもをイメージして作成した。また、かんしゃくを起こしてしまう子どもにタイムアウトを教える母親の例をビデオにし、難しいとの意見があったタイムアウトの実例を示した。
 
問題行動を正す教育法
 子どもの問題行動に介入するスキルの体得を目指すプログラムである。問題行動に穏やかに介入し、問題行動に変わりうる社会的に望ましい行動を教える方法を教示するプログラムである。
 神戸少年の町版の問題行動を正す教育法では、因子分析の結果を反映させ、悪い結果より、後半の教え、そして誉めるというプロセスがクローズアップされるようにした。また、予防的教育法と同様に、再び練習の大切を強調し、「子どもの発達と親の期待」のモジュールを紹介し、親の認知的なひずみに介入できるようにした。
 ビデオでは、「じゃんけん」といった日本でよく使われる問題解決法を登場させる等、文脈化を意識した。また、水遊びの例では、「一週間おやつ抜き」といった極端な悪い結果と「水を拭く」といった「元に戻させる責任を取らせる方法」との結果の大きさの比較ができるようにした。また、その後のフォローアップの教育をしっかりと行うプロセスを強調した。
 
 
自分自身をコントロールする教育法
 自分自身をコントロールする教育法は、子どもが感情的になって、親に反抗したり、泣き叫んだりするような緊張感が高い状況への対処を考えていくプログラムである。これまでに学習したしつけのスキルを使いながら、具体的な介入プランを作成する。緊張感が高い場面で親子ともに落ち着く方法を身に付けることと、同じような状況にならないためにはどのようなことができるのかを子どもに教えるスキルの体得が目的である。
 この技法を使う場面について、米国版では、1)問題行動を正す教育法がききそうにないとき、と2)子どもがキレて、親の指示にしたがえないときの二つの状況のみが紹介されているが、神戸少年の町版ではそこに3)親自身がキレてしまうときという状況を加えた。
 ビデオでは、ほとんどのシーンにおいて、親自身が深呼吸をして落ち着きを取り戻す場面を作った。シーン1では、父親が深呼吸をする場面を大写しし、重要性を強調した。また、すべてのシーンにおいて、時間の経過が感じられる工夫を行った。これは、米国版では、シーンの展開が早く、リアリティがないという批判が多かったからである。シーンのつなぎ目を工夫することから、時間の経過を感じられるようにした。また、チャンネルをじゃんけんで決めたのに、自分の意向と違ったためにすねてしまった子どもの場面では、タイムアウトをがまんをする練習として使った。そして、この練習自体が悪い結果となるようにした。
 
4.4 まとめ
 以上、神戸少年の町版CSPビデオ教材作成の報告を行った。CSPは、その理論的基礎を行動心理学に置いているという性格から、実証主義的な考え方をその実践に取り入れてきた。そこで、今回のプログラム作成にあたっても、この実証性というものを重視し、ニーズ調査を積み上げる中で、その改善のポイントを整理し、神戸少年の町版の方向性を決めた。また、メイン事業となったビデオ教材の開発に関しては、ビデオに収録するシーンにもユーザーの意見が反映されるよう因子分析を用いた調査を行い、ビデオのシーンを選択した。
 開発に当たって、こういった調査を繰り返し行ったのは、ユーザー(ここでは、神戸少年の町版CSPを使って被虐待児の親教育支援を行う専門職)が満足する教材を作りたかったのと、もう一つは開発するものに求められる社会的責任に応えるためである。この社会的責任は心理および社会福祉従事者の中でも取り上げられることの多くなったアカウンタビリティである。アカウンタビリティは「説明責任」「費用対効果」等、さまざまな側面を持つ概念であるが、特に児童虐待への援助では重要である。一つには、児童虐待の援助を行う機関が児童相談所をはじめとする公的機関であり、ここでは自ずと納税者へのプログラムに関する「説明責任」と「費用対効果」が求められるからである。また、もう一方では、プログラムを受けるクライエントヘのアカウンタビリティもある。特に、プログラム受講の動機付けの難しい親にどのように説明し、実施するのかという問題は大きい。そういったアカウンタビリティに応えるために調査を基にプログラム作成を行ったのである。
 今回作成したプログラムは米国において、その効果が実証されたプログラムを叩き台として開発した。そして、この作成のプロセスでは、作成者の主観でのみ作られるということにならないように注意した。つまりは実証性に注意したのである。次のステップは今回作成したプログラムが虐待の臨床の場面でどのような効果があるのかという課題である。神戸少年の町版CSPを実施し、効果測定を繰り返す中で、その効果を実証していくとともに、現場からのニーズを的確に捉え、プログラムを精錬していく努力を行いたい。


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