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私はこう考える【中国について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2004 No.13 RIM
ガバナンス論で覆われたODA論は危険である
顧問 渡辺利夫
 
 構造調整支援の失敗、旧ソ連・東中欧圏の市場経済移行支援の難渋のゆえであろうが、ODA論の主流はすっかりガバナンス論と化してしまった。問うべきテーマが、ODA受取国の政策というよりも、受取国の政策運営主体の質、すなわち「統治の在り方」として浮上してきたのである。ガバナンス概念は論者によって区々だが、この議論をリードする世界銀行によれば、(1)法の支配、(2)透明性、(3)説明責任、(4)市民社会の参加、の4つをキーワードとした合成概念である。
 しかし、ガバナンスをこのような構成要素で説明した場合、しかもそれぞれの構成要素の「質」の向上をODAの供与条件とした場合、これを経済発展との関係でどのように解釈できるか、まことに不鮮明だといわざるをえない。皮肉な指摘がある。「インドネシアにおける経済危機後の投資低迷とガバナンス」と題する黒岩郁雄氏の論文からの引用である(「ワールド・トレンド』日本貿易振興会アジア経済研究所、2004年2月号)。
 「スハルト時代は、(中略)汚職の蔓延や信頼性の低い司法制度が及ぼす投資への悪影響を抑制するメカニズムが機能していたため、高投資との両立が可能であった。しかし、スハルト政権が崩壊して、民主化や地方分権化が進展すると、官僚機構に対するコントロールが失われて、汚職がランダムに行われるようになった。またスハルトの庇護に代わって企業の所有権を保護するはずの司法制度は腐敗しており、投資家の信頼は完全に失われてしまった」
 共産党独裁の中国に世界銀行の主張するようなガバナンスが存在するとは到底考えられない。シンガポールのPAP一党支配体制をどう評価したらいいのか。マレーシアのブミプトラ政策が世界銀行流のガバナンス論と相容れるものとも思われない。
 韓国と台湾は現在では完全に民主主義国家となったが、それに先立つ時代はどうだったか。民主主義の先行条件を創出したものが権威主義開発体制だと考えるべきではないか。そもそも発展途上にあった西欧諸国や日本自体が、世界銀行流のガバナンスにおいては随分と劣っていたはずではなかったか。ガバナンス論は、発展段階を無視した「教条主義」ではないか。私は「東アジアの成功」の真の要因は「権威主義開発体制」の成功の中にあったと今でも考えている。朴正煕=全斗煥の時代の韓国がそうであり、蒋介石=蒋経国時代の台湾、リー・クアンユー時代のシンガポールがそうであった。政治支配権を握った軍・政治エリートが「開発」を至上の目標として設定し、それを達成すべく彼らが育成した官僚テクノクラート群に経済政策の立案・施行にあたらせ、経済開発の成功をもってみずからの統治の正統性の根拠とするシステムが、権威主義開発体制である。意思決定への国民の参加はここでは限定される。
 開発の手段として採用されたのは、多くの場合、資本主義的方式であったが、経済への国家介入は強力であった。開発こそが最優先の課題であって、開発をすみやかに掌中にするための組織、制度、政策を追求することがこの体制の著しい特徴である。
 東アジアの経験からみる限り、(1)法の支配、(2)透明性、(3)説明責任、(4)市民社会の参加、といった用語法で語られるガバナンスには著しい欠如があった。しかし、それがゆえの経済発展であり、その経済発展のゆえに所得水準と教育水準において高い中産層が豊富に蓄積され、自由を求める中産層が大政治勢力になって権威主義開発体制という「アンシャンレジーム」と折り合い、そうして韓国や台湾の民主化が実現したのである。タイやマレーシアなどの東南アジアでも、韓国・台湾型の民主化が胎動しつつある。
 三浦有史氏は次のようにいう。
 「東アジアの経験からみて、ガバナンスの改善は開放的な経済体制のもとで発言権を増した中間層や民間投資家の出現によってもたらされるとみるべきであろう。効果的な制度とその公正な執行を促すのは、外圧や官僚の善意ではなく、それを必要とする人々の意見を政府が無視できなくなった時である。(中略)民間投資家の育成が不可欠である。それらが組織化され、一定の発言権を有するようになると、改善に向けた自己循環的なメカニズムが機能するようになるとみるべきであろう。ガバナンスの改善には、民間部門の活力の醸成とそれを支える支援こそが重要である」(「ベトナムからみた日本のODAの課題−MDBSの開発政策の対応」『開発援助の新たな課題に関する研究会』(財)国際金融情報センター2004年2月)
 私もそう考える。そう考えれば、日本のODAはいかにあるべきか、答はおのずとみえてこよう。
 実際のところ、ODA自体がもつ開発効果は、量的にも質にもそれほど大きいものではない。日本は1990年代を通じて世界最大のODA供与国であったが、それにもかかわらず、日本の開発途上国への資金フローの中心は海外直接投資であった。ODAが進出民間企業の活力と結びつき、初めてみるべき開発効果が生まれるのだといわなければならない。量の判断からだけでそういっているのではない。直接投資を通じて開発途上国に移転されるのは、資本や技術それ自体であるよりは、それらを有効に組織化する企業経営の主体や能力なのである。外国民間企業は、直接投資を通じて資本、技術はもとより、企業者的職能をも含む、要するに企業経営能力の全体をいわば「パッケージ」として開発途上国にもち込むのであり、その開発効果はODAに比べて格段に大きい。海外直接投資を経営資源の「パッケージ移転」だと定義したのは小宮隆太郎教授である(小宮隆太郎「直接投資と産業政策」新飯田宏・小野旭編『日本の産業政策』岩波書店、1969年)。
 開発をもたらす最重要の主体は民間企業である。グローバル・メガコンペティションの今日においては、先発国企業の海外直接投資がとりわけ重要である。ODAは民間企業の育成と導入の「触媒」となって初めて強力な開発効果をもちうるのだと考えねばならない。「触媒効果」というのは三浦有史氏の造語である(渡辺利夫・三浦有史『ODA−日本に何ができるか』中公新書、2004年)。
渡辺利夫(わたなべ としお)
1939年生まれ。
慶応義塾大学大学院修了。
筑波大学教授、東京工業大学教授を歴任。現在、拓殖大学学長。
 
 
 
 
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