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私はこう考える【中国について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2004年3月号 正論
第19回「正論大賞」受賞記念論文 広大な中国という幻想
国際社会学者・前東京外国語大学学長●なかじま・みねお 中嶋嶺雄
 
 永い間、日台関係(日華関係)の台湾側代表の一人であり、国際法学者でもあった林金莖氏が昨年十二月初旬に逝去され、その葬儀が去る十二月三十日に台北で執り行われた。私自身は葬儀委員として参列、日本からも何人かの方々が参加した。
 その葬儀の前夜、実質的には日本側の台湾における大使館に相当する交流協会の内田勝久所長(外務省出身)の公邸で夕食会があるというので、私も出席した。その席で内田所長は、「実は日本政府外務省の訓令で、今日、総統府の邱義仁秘書長(官房長官相当)に面会を求めて、三月二十日に実施される台湾の総統選挙と同時に陳水扁政権が行おうとしている国民投票(公民投票=公投)には慎重を期してほしいと申し入れ、そのことを日本人記者団にも伝えた」ということを言われた。私はその瞬間、これは大変なことだと直感した。今回は多忙なスケジュールを縫っての一泊のみの訪台だったので、私はその夜、李登輝前総統とお会いする予定になっていた。そこで席を中座して李登輝前総統宅を訪れると、前総統自身がその訓令のコピーを持って大変困惑した表情をされていた。
 私自身はあくまでも一研究者の立場からの観察であるが、こういう事態が生じるなどとは、と内田所長の言動に一瞬耳を疑ったのである。つまり、その内容は翌日の日本の新聞各紙が報道していたように、住民投票実施や新憲法制定に関する陳水扁総統の最近の発言は、中台関係をいたずらに緊張させる結果になるので慎重に対処するよう、日本政府が外務省アジア大洋州局中国課名で内田所長に台湾当局への伝達を求め、内田所長はそれを実行したのであった。
台湾に内政干渉した日本政府
 これは小さな事柄のように見えるが、日台関係、日中関係、あるいは日本の外交を考える上で極めて重大な問題を含んでいる。
 その第一の理由は、そもそも日台関係は政治外交関係としては存在しないことが日本側の建前のはずだからである。それはこの申し入れの中にもある日中共同声明で謳っており、「日本は日中共同声明を今後も重視して台湾との問題を処理する」といっているからである。つまり、日台関係はあくまでも民間レベルの国際関係であり、経済とか文化あるいは学術上の関係に限ることになっている。にもかかわらず、台湾における新憲法の制定や住民投票という、まさに政治の問題に日中共同声明を口実にして日本政府・外務省が露骨にコミットしたのであるから、これは二重の意味で大変な事態だと言えよう。
 第二には、これはまさに台湾に対する不当な内政干渉そのものだという問題である。翌日たまたま空港で出会った台湾出身で日本国籍を取っている女性実業家は開口一番、「大変な内政干渉を日本はしてくれましたね。台湾と台湾人を何と思っているのですか」と言って驚き、怒っていた。
 三番目に指摘できる点は、台湾の住民がどういう選択をするかは民主主義の原理に基づいて行われる事柄であり、国民投票そのものが民主的な深化の階梯であることへの認識の欠如である。それらの選択をめぐっては、いま総統選挙を直前にして、内政上の最大の課題となり、大変な諭議になっている。陳水扁陣営に対抗する国民党と親民党の連戦(総統候補)および宋楚瑜(副総統候補)陣営はこの国民投票について陳水扁政権を激しく批判しているのであるから、その一方の肩を持つ言動を、民間機関ならともかく、実質的には外務省の窓口である交流協会の台北事務所長が行ったのである。しかも、総統府の邱義仁秘書長を訪ねてそのようなことを申し入れるというのは、日中関係・日台関係の原則からしてもあってはならないことではないか。もしも申し入れるなら、交流協会のカウンターパートである亜東関係協会の会長、かつての台湾側の在日代表だった許水徳氏に対して、懸念を伝えるというのであれば理解できないことはない。にもかかわらず、内田所長は総統府に直接出向いて政治的に関与したのだから、連戦・宋楚瑜陣営の側に立つマスコミ『聯合報』などは翌朝、一面トップで報じていた。
 このこと一つをとっても明らかに日本政府は台湾の内政にコミットし、露骨な内政干渉、さらには総統選への選挙干渉を行ったのである。しかもそのような干渉は、実は“中国の懸念”という形で、中国側の立場に立って、両岸関係の最も核心的な問題に日本政府が中国側の立場から関与したのであって、これは極めて深刻な問題、重大な問題だと受け止めなければならない。
 この点については、台湾側も李登輝前総統を後ろ盾とする台湾団結連盟の立法委員(国会議員)らが激しく抗議をしていたが、こういう事態がつい最近起こったのであった。
 この背景にはアメリカのブッシュ大統領が台湾のそうした動きに対して懸念を表明しているという一連の流れがあり、また日本の森喜朗前首相も事態の数日前に訪台して、「台湾の国民投票のタイミングが悪い。日本もアメリカも北朝鮮やイラクの問題について、中国との協調が必要なときに中国を刺激するのはまずい」旨を陳水扁総統に語ったと報じられた。森氏の場合は一政治家の立場であるので、そういう発言をしても許容されようが、いずれにしても台湾にとっては外的プレッシャーになった。台湾の民主的な政治活動に対して、総統選挙の前にこうしたことが行われ、しかもそれを中国の意向を代弁する形で行ったところに、おのずと今日の日中関係、日台関係に対する日本政府・外務省の根本的な姿勢がはからずも露呈したと言えよう。このことは、日本の将来にとって外交上、十分に注意しなければいけない事柄であるにもかかわらず、台湾との関係では一種の大国主義、その一方で中国との関係では非常に卑屈な謝罪外交、位負け外交を繰り返し、中国を刺激しないことを外交の大前提にしている体質がまさに反映したのであり、これは極めて重大な問題だと言えよう。
 こういう有様を見るにつけ、今後、中国問題や中華世界の変動、香港や台湾を含む中華世界の動向が重要になるだけに、日中関係のあり方、日台関係のあり方、ひいては中華世界の変動にどう対応するかという基本的なスタンスや取り組み方の問題をきちんと認識し、十分な議論を行って外交戦略を練っていかなければならないと思う。
中国への常職のレンズ
 このところ中国の経済成長が著しいことから、あるいは北京、上海などの変貌が著しいことから、中国が二十一世紀の輝ける大国になるかのようなイメージがマスメディアを通して横溢している。中国の経済成長が著しいことは事実であるが、その実態を見ると、決してそのようなバラ色の中国像だけでは律することができない深刻な現実が存在している。その双方を受け止める複眼的な座標軸を持っておかないと、文化大革命をはじめ、中国についての認識をしばしば誤ってきたように、日本の対中国認識が根本的に誤ったものになる可能性がある。これまでは文化大革命にしても基本的には中国の中だけで済むという状況にあったが、今や中国の動向が日本にもアジアにも世界全体にも大きな影響を与えつつあるだけに、より一層冷静な判断が必要とされよう。
 とくに日本人の場合、中国に対して親近感や特殊な心情あるいは幻想を抱きやすく、他の外国を見る時と違い、中国を見る常識のレンズが曇ってしまうのではないかとかねてから私は思っていた。
 常識のレンズを通すことは決して難しいことではなく、まず基本的なデータをきちんと押さえることである。例えば中国は日本の約二十六倍の国土を持つ広い国であるが、可耕地面積は日本全体の三倍弱しかない。これはまさに客観的なデータである。中国は依然として農業人口が総人口の七〇%を占めているので広大な農地を確保しなければならない。そう考えると、実は地理的に大きな中国、広い中国というのは地図上の幻影であって、実際上は大変狭い国土に日本の十倍以上の人間がひしめきあって生活しているのである。私もしばしば中国を訪れるが、あまりにも人口多過であるために、人の命がつい軽く見えてしまう、これが中国社会の実態である。
 こういう常識を少し働かせると、いろいろと中国の見えないところが見えてくる。例えば中国の人口が十三億人を超えていることは事実だが、中国共産党の党員数は最近増えて六千五百万人になったから、ほほ二十人に一人が共産党員である。しかもかつてはプロレタリアート、農民の党だったので、国有企業や工場労働者、あるいは農民のあいだには共産党員がたくさんいた。しかし、昨今、国有企業や農村では共産党員になろうという意識は非常に薄くなり、むしろ党に入りたいという人は特権階級、エリート層、知識階級に多い。そうした一種の官僚層がますます中国共産党に入ってくるのであるから、この政党自体は極めてエリート官僚的な非大衆的体質になってきている。そのような状況を数字で眺めると、中国社会がよく見えてくる。
 一方、最近の党員増にもかかわらず、中国共産党は大衆の支持を得ていない。今の中国社会の中にある種の心理的な空洞があるため、例えば法輪功を禁止しても禁止しても、彼らはその空洞を埋めるかのように根を張って拡がっており、共産党員の総数よりも多い九千万人から一億人が法輪功やそれに近い道教的な原理に基づく身体鍛錬法の疑似宗教的な活動を行っている。法輪功は九〇年代の初頭に生まれ、あっという間に拡大した。こう考えると、中国社会の正統性の根拠を何が支えているのかについても複眼的に見てみなければならない。共産党だけが独裁権力を行使しているが、もう一方にはその独裁体制からはみ出た部分が大きく存在していることも事実である。
 外国投資が急速に進んで沿岸地方が開発され、海外の資本が中国に吸い寄せられているのは事実だとしても、その一方で中国の四大銀行といわれる中国銀行や建設銀行、農業銀行等の国有銀行は極めて深刻な不良債権に直面している。最近中国政府は四五〇億米ドルの外貨準備金を使い、それらの銀行を支えなければいけない事態になっているが、そもそも中国の経済発展そのものが産業構造の内発的な転換を伴っていないだけに、ひとたびバブルが起こったら大変なことになりかねない。そうした綱渡り的な状況も一方に存在している。
 したがって、われわれには常識のレンズで中国を見ることが是非必要であるが、ここで最も基本的な常識をもう一つ例示してみよう。
 中国は過去二十年近く八%から九%、多い時は二ケタの経済成長を遂げてきた。それは毛沢東時代からの出発点があまりにも低い水準だったために成長率が著しいということであり、いまだに国内の一人当たりGDPは米ドルに換算して九〇〇米ドル強、日本の約四十分の一である。中国は人口が多く、国土も広いから、中国全体のGDPも大きくふくらんでいると思いがちであるが、しかし、世界銀行の最も新しい二〇〇三年十月の統計を見ても、ようやく四・〇五%であって、日本はこんなに不況だといっても依然として一四・五四%、アメリカが三一・九%(日本とアメリカを合わせると世界のGDP全体の四六%強を占めている。これに対して中国は十分の一にもならない。中国の拡大するイメージと実態とには、これほど乖離があるのであり、このような実態をできるだけ常識のレンズで見ておかなければいけない。
 もう一つは、果たして中国の統計そのものが信頼できるのかという問題である。昨年のSARS(新型肺炎)発生時に、中国がいかにその実態を隠していたかが問題になった。北京市長や国務院衛生部長が、途中で失墜せざるを得なくなったが、それまでは中国当局自身が数字を操作してSARSの実態を隠していた。
 そもそも共産党の中に宣伝部があることが中国の特徴である。宣伝部というのは、従来はイデオロギー操作や革命工作が中心だったが、今日ではできるだけ中国のイメージをバラ色に描いて明るい未来を大いに宣伝し、世界から資金を集めるという中国共産党特有のプロパガンダ機関の一つである。そのプロパガンダが単なる広報宣伝だけではなく、実に微に入り細をうがって、きめのこまかい、いわばタクティクス(戦術)としても行われている。
 だから、中国の統計数字についてもそうした点を濾過した上で考えなければいけないのだが、ピッツバーグ大学のトーマス・ロウスキー教授が二〇〇一年に実に説得的な論文「中国の統計に何が起こっているか?」を書いていた(『チャイナ・ビジネス・レビュー』二〇〇一年十二月四日号)。ロウスキー教授は「九八年から二〇〇一年まで中国のGDPは累積で三四・五%増大していて、毎年七%〜八%の成長を遂げている」という中国の公式統計を用いて、「しかしそれでは同じ公式統計によると、エネルギー消費は九八年はマイナス六・四、九九年はマイナス七・八、二〇〇〇年はようやくプラスに転じて一・一、二〇〇一年は一・一しか伸びてない。この四年間むしろエネルギー消費はマイナス五・五%だった、ということを中国の統計が示している」と疑問を投じていた。確かにこの単純な例からわかるように、経済成長が七%、八%とあれば、当然エネルギー消費も増大しなければいけない。しかもこの間中国はエネルギー源の代替を行っているわけではなく、依然として質の悪い石炭がエネルギー源の大半を占めている。これは一体なぜなのか、と問題提起していた。
 また、それだけ経済成長が大きいならば、都市の雇用が増大しなければいけないのに、この四年間で〇・八%しか伸びていない。現に一方でビルが乱立している上海や北京、広州のような都市があるかと思うと、東北の瀋陽や長春にしても、首に看板をかけて職を求めている失業者の群れが大勢いて、イメージとの乖離は明らかである。
 ロウスキー教授はもう一つ、「消費者物価指数をこの四年間比べてみると、マイナス二・三%である。経済成長は当然消費者物価の上昇になるはずなのに、ほとんど物価は上がってないどころか、デフレ傾向でさえある。これらのことをきちんと説明しない限り、中国の統計そのものに信頼性をおくことはできない」と警告していた。
 これはSARSの事件における中国の統計データが信頼性に欠けるのと同じだと言えよう。これらのことを考えると、中国については常識のレンズを磨いて、ごくごく常識的に見ていく必要がある。「二十一世紀の中国は世界の工場」というのは、明らかに中国側の宣伝に惑わされていると言わざるを得ない。
 現実の中国は貧富の差の恐るべき増大、環境破壊の深刻な展開、エネルギー不足、失業者の増大などの深刻な社会問題を抱えている。その大きな社会矛盾を隠蔽するためにも、二〇〇八年のオリンピック、二〇〇九年の三峡ダム竣工、上海から重慶に続くスーパーハイウエーの完成、二〇一〇年の上海万博などという巨大な国家プロジェクトを計画し、大中華ナショナリズムに訴えて邁進していくという状況がありありとしている。
 冒頭に触れた台湾問題についても、台湾の政治が民主的に選択することに対して、「独立につながる」といって武力攻撃を示唆しており、最近の中国のインターネットやメールマガジンに類するものには極めて好戦的な、場合によってはオリンピックを犠牲にしてでも台湾を攻撃せよ、といった論調があちこちに見られるが、これこそ非常に危険なナショナリズムであり、国威発揚だと言えよう。
対中ODAを即刻中止すべき
 こうした状況が存在するなかでは、日本は中国に何をしてきたかが問われよう。
 私は日本の対中国ODA(政府開発援助)は即刻中止すべきだと従来から主張してきた。中国へのODA供与は有償・無償を合わせるとすでに三兆円を超えているが、その理由は、以上に見たような中国社会の実態にもかかわらず、社会福祉とか、環境保全という問題に対して、中国の政府当局はほとんど目配りしてないからである。国中が工事中といった乱開発では公害問題が深刻になるのは避けられない。そうしたなかで北京水利局(水道局)をはじめ環境改善に努めたり、環境報といった新聞が出始めたりと、一部で改善への努力は見られるが、国家全体からすれば、大変巨大な規模で環境破壊や人権侵害が行われている。
 SARSやエイズ患者に対する対応では、まるで動物に対するかのような場面も多く、一方ではインターネット上の規制もあって言論や情報への統制・抑圧も依然として続いている。
 それにもかかわらず、軍事力は増強し続けており、今年ようやく一〇%を切ったものの、天安門事件以来の過去十数年間、国防費が多い時には二四・四%、少ない時でも十数%伸びてきていた。しかも国防費は中国全体の軍事費の三分の一にしかすぎないとの推測もある。中国は昨秋、宇宙有人衛星「神舟五号」を打ち上げたが、この費用は国防費の中には予算化されていない。これらは短距離ミサイルの弾道弾誘導装置を改善して使っているなど、すべて別途の軍事費目で行っている。
 有人衛星も軍事目的であり、今や中国は人民解放軍の近代化や増強、とくに海軍力の増強に次いで宇宙覇権をも目指しているといっていい。このような軍事的肥大化が一方で行われているのである。
 なぜ中国がそこまで軍事的肥大化を続けなければいけないのか。常識のレンズを通して見ると、今中国を攻めようとする国は世界のどこにも存在しない。日本もロシアも、そして台湾がまさか中国に反攻するはずはない。今の台湾は民主化された台湾である。にもかかわらず中国が軍事力を増強しているのは、軍事に頼らなければ国を統治できないという体質からであるとともに、台湾の民主的な民意の選択に対しても武力をちらつかせて実際に行使するかもしれない状況があるからである。
 わが国の「ODA四原則」によると、民主主義を抑圧したり、人権を抑圧したりする独裁国家にはODAは供与してはならないことになっている。あるいは軍事力を増強する国にもODAは供与してはならないとなっている。ODAが軍事目的に直接使われることはないにしても、全体の国家予算の中でODA資金を軍事力に転用することには十分可能な素地があるのだから、今までは「日中友好のために」という形で中国を例外的に扱ってきたが、すでに中国は外貨準備でも二〇〇三年末で約三〇〇〇億米ドルとアジア第二の保有国であり、わが国の国益のためにも、あるいはわが国の国際的な役割を考えればなおさらのこと、対中ODAをこれ以上続けることは絶対にあってはならないことだと言えよう。
 ODAを供与すれば、中国は日本の言うことを聞くではないかという期待があるとしたら、それは根本的な誤りである。中華思想的な中国観が改められない限り、いかに日本が巨額の援助を注ぎ込んでも、中国はそれを当然日本が行うべき貢ぎ物の一つとして考えているだけだからである。ODAの援助を供与されながら、靖国問題や教科書問題のように、中国の日本に対する内政干渉まがいの要求はとどまるところをしらないのである。
 本年元日に小泉純一郎首相が初詣での一環として靖国神社を参拝したことについて、中国は従来と変わらない非難姿勢を示していた。こういう中国に対しては、もっと毅然と日本の立場を論理的に主張すべきである。
 日本の立場の主張として、少なくとも靖国問題については次の三つのポイントをはっきり中国に言うべきではないか。
 第一に、日本は戦後、国家によって一人も人の命を奪ってないことである。これは日本がもっと世界に向けて主張すべき事柄であって、中国が天安門事件で国家の力によって多くの市民や学生を殺戮したようなこともなければ、文化大革命や大躍進政策などの相次ぐ失政によって人命を失うこともなかった。中越戦争や中ソ戦争、かつての朝鮮戦争のように戦争目的で出兵したこともない。このことをもっと胸を張って主張すべきである。
 第二は、靖国神社はA級戦犯が合祀されているからけしからんという中国側の主張は、一部の反動派とか支配者とかを人民と分けて糾弾するというマルクス主義の階級闘争史観であり、日本人の精神の根本に触れる靖国神社の問題に当てはめて言われる筋合いはまったくない。
 三つ目には、靖国神社は中国にあるわけではなく日本国内にある神社である。当然、中国の抗議に対しては、日本側も戦没者への国民の率直な感情を、中国人とは異なる日本人の死生観ともども、しっかりと伝達していかなければならない。
 こういうことを考えると、中国への対し方の根本について、われわれは改めて考え直してゆくべきであろう。
中華世界に変動の芽
 そこで次に中華世界の再編、変動という将来像を考えてみたい。昨年八月に台北で、香港と台湾の人たち約七百人が「一国両制下の香港」と題して国際的なシンポジウムを行った。これは画期的なことであった。なぜかというと、香港の人たちの多くは英領植民地で長く住み慣れてきて生活水準が非常に高い、自分たちはある種の中華世界のエリートだという感情を持っていた。いざとなればアメリカやカナダなどどこにでも行かれるという香港ネットワークを広めていて、あえて政治意識を持とう、あるいはアイデンティティーを確かめようということはこれまであまりなかったと言えよう。そのため、香港返還の時にも六百万香港市民の意思が表明されることはほとんどなかった。
 したがって小平・サッチャー会談が行われた一九八二年以来の香港返還交渉のなかで、ただ時の来るのを待っていたのであるが、実際に香港が中国に吸収されたあとを見てみると、「一国両制」、つまり中国という一つの器の中に二つの政治システム(資本主義と社会主義・共産主義)が共存して、五十年間その現状を維持するという小平の約束にもかかわらず、返還前後から香港は完全に中国化されてゆき、政治的な自由はほとんどなくなってしまった。香港には自由に情報が飛びかっていたのだが、自由な報道もできなくなっていた。さらに董建華特別行政区長官は中国の意向を汲んで、香港の憲法とみられる香港基本法第二十三条に基づく治安立法を昨年七月の香港返還六周年までに制定しようとしたのである。その国家保安法は、温家宝首相が返還六周年で香港に来るのに間に合うようにということであったが、そうした状況のなかで、もうこれ以上我慢できないという香港の市民が初めて政治的に連帯して立ち上がったのであった。
 一九八九年の天安門事件当時は、「今日の北京は明日の香港」と、皆が危機感を感じてデモをしたが、こうした香港自体にかかわることについてはほとんど政治的意識のなかった香港市民が、“香港のジャンヌ・ダルク”ともいえる劉彗恵女史(「前線」の立法会議員)らを中心にして、七月一日、五十万人から六十万人という大デモを敢行したのであった。そのデモを行った人たちの代表二十名が身の危険をかけて台湾に来て台湾の人たちに訴えたのである。「もう香港には鳥籠の中の民主主義しかない。鳥籠の中の自由しかない。あなた方台湾の人々は香港の二の舞いをしてくれるな」と。
 台湾の人たちは、香港の人たちに対してかなり冷たい感情を持っていた。南語(台湾語)と香港の人々の広東語では言葉も違う。それらの人たちがコミュニケーション手段としては標準語の北京語を共通言語として使いながら、熱烈なエールを交わし合い、「一国両制」がいかに欺瞞的であるか、中国当局に騙されてはいけないと訴えたのであった。
 そして、香港ではデモの結果、国家保安法の成立が一時延期されて今日に至っており、つい最近も十万人規模のデモが引き続いて起きている。
 台湾では、こうした香港の成果を受けて昨年九月、「中華民国」という名前を「台湾」に変えようという正名運動デモが十万人規模で行われた。台湾では街の名前も重慶路とか南京路とか、銀行名も中国銀行とか中華信託銀行とかになっている。「だからだめなんだ、自分たちは台湾人だ」という意識の内部的なアイデンティティー上の変化が起こりつつあり、これはいかなる国際政治も関与できない民意の変化だと言えよう。ブッシュ大統領の対台湾政策に警告を発するかのように、『ワシントン・ポスト』は去る一月二日、「台湾には新しい国家アイデンティティーが生じている」と題して大陸中国との文化的な違いの変化の断面を伝えていたが、このような変化を正面からとらえることが是非必要であろう。
 来る二月二十八日は、台湾人が大陸からやってきた外省人に大変痛い目に遭った二・二八事件の記念日である。この日に合わせて百万人規模の人の鎖で台湾全島をつなぐ計画が今練られている。それが実現するかもしれない。
 これは台湾の人たちのせっぱ詰まった気持ちの表れであり、おそらく中国は大変な政治的干渉を行い、総統選挙を有利にしようとするであろう。ただ、私はそれは逆効果で、むしろそうなれば陳水扁政権、本土派の政権は継続する可能性があると考えている。
 こうした状況のなかで、日本は冒頭のように内政干渉、選挙介入を行っているのだから、李登輝氏らは困惑し立腹した。しかし、李登輝氏は依然として非常に親日的であり、かつ「日本精神」を尊重している。それをいいことに日本政府・外務省は今回あえて台湾を足蹴にしたのだと言えよう。
 このように香港も台湾も大きく変動しようとしており、同時に大陸の周辺から中華世界変動の芽が出てきている。もしそれが成功すれば、やがて大陸の中が民主的な脱中華に動いていくかもしれない。それこそが実は今日の中国指導部が一番恐れていることなのだ。問題はそのような新しい中華世界の動きに、私たちがどう対応するかである。
中華思想を認識した対中戦略が必要
 では最後に中華世界の変動を見る一つのメルクマールとして、「中華思想とは何か」を少し整理してみたい。中華思想は、あるいは中国の大国主義といわれるが、これは三千年、四千年という中国の歴史のいわば伝統というよりも歴史的衝動としての自民族中心主義(エスノセントリズム)なのである。この中華思想から離脱しない限り、中国は本当に世界の仲間として安心して迎えられないであろう。
 中国の歴史をたどれば明らかなように、中華世界では、史記や漢書などの中国の歴史書にあるように、秦、漢の時代以来、秩序の中心が常に中華皇帝なのである。皇帝の周辺には内臣が常に存在し、皇帝の徳と礼と法によって感化されなければならなかった。この外側には外臣の国がある。外臣の国は徳と礼によって感化されるのだが、法は行き届かなくてもいい。つまり必ずしも律令制度は取らなくてもいいということである。そして外臣のもう一つ周りには朝貢国があり、これは中国皇帝の徳を戴かなければいけない。
 日本の場合は律令制度の導入によって中国の法を受け入れた形になるのだが、具体的に中国に貢ぎ物を献じたのは、日本では琉球王国、つまり沖縄であった。琉球は朝貢国だが、日本は長い間鎖国をとっていたこともあり、中国の朝貢国ではなかった。朝貢国の周辺にある対隣の国であった。そして、そのまた外には絶域の国がある。だから、絶域の国・イギリスから中国の皇帝に拝謁するには、十八世紀のマカートニーの使節団に見られるように三拝九拝してひれ伏さないなら、皇帝にも拝謁できないという構造なのである。こうした中華世界の垂直的かつ同心円的な構造が東アジアには歴史的に存在してきた。
 五服説といわれる中国の服喪期間は、両親が死んだ時には三年間、兄弟が死んだ時には一年間と、親疎の関係によってきちんと描かれているように、その国際版としての中華思想的な秩序がずっと存在してきたのである。
 ハーバード大学のジョン・K・フェアバンク教授がこの中華世界の秩序に関して『チャイニーズ・ワールド・オーダー』(中国的世界秩序)という編著を残している。わが国では早稲田大学の栗原朋信博士が中華世界の成立に関する優れた研究をされていたが、フェアバンク教授や栗原氏の説を借りて現在の中国を見ると、わが国は歴史的に律令制度を受け入れてきたのに宦官の制度は拒否しているなど、中国文化を日本化し、日本的に取り入れて選択しているのだが、東アジアの国際的空間には歴史的・構造的にこのような中華世界の秩序観が存在してきた。この秩序意識は毛沢東の時代、小平の時代、そして今日の時代においても変わっていない。
 こうして本来皇帝の求心力に忠実でなければいけない中華世界では、例えばそこから台湾が離脱しようとしたり、台湾人は中国人と違うという意識に対しては、本来、台湾は中華世界からはみ出た「化外」の地であったにもかかわらず、いくらでも懲罰できるという意識構造になっているのである。かつて中越戦争の時に小平氏が「制裁」という言葉をベトナムに対して用いたのも、まさに中華世界的な秩序観からであった。そのような秩序があればこそ、「制裁」という現代の民主的な外交関係からは考えられない態度が出てきているのである。
 中華世界の歴史的構造のもとで、その中心にはいつも自分が存在するという中華思想は煮ても焼いても食えない、と台湾の李登輝氏は言うのだが、そういう習性から中国自身が離脱できるかどうか。私はかなり難しい、そう簡単なことではないと思う。仮に今の共産党体制が崩れて中国が民主化しても、中華世界的、中華思想的な秩序や思想から離脱してこそ初めて中国は国際的に協調できるのだが、当分はこのままの厄介な存在が続いていくであろうことをわれわれは覚悟しておかなければならない。
 日本の対中国戦略は、単に目先の日中関係ではなく、右のような歴史的構造を認識したうえで、きちんとした政策なり戦略を打ち立てていく必要がある。
日本にとっての台湾の重要性
 では日本にとってなぜ台湾がそれほど重要なのか。二千三百万人の極めて親日的な成熟した先進国である台湾が、台湾海峡に存在しているという現実が国益上からすれば、当然指摘されねばならない。加えてシーレーンの確保などの安全保障上の意味も重要である。さらに、かつて日本の統治下にあった台湾が日本統治時代の遺産を継承して今日発展していることからしても、日本の近現代の再評価をするうえで、日本にとっては大変重要なパートナーなのである。これらの点を外交戦略上しっかり位置づけたうえで、中国という不可解で巨大な怪物に対処していく必要があろう。この巨大な怪物が重要だから、まず中国へなびくというのは根本的に間違っている。今の日本がそういう政策をとっている限り、中国にいつも侮られ、やがては呑み込まれてしまう存在になってしまいかねない。中華世界を周辺から変革できるかもしれない唯一の可能性は台湾であり、あるいは少し遅いが目覚めつつある香港かもしれない。チベット、ウイグル、モンゴルなどの本来中華世界の外にあるべき地域は、もはや政治的にはその可能性をほとんど失ってしまった。新疆ウイグル自治区も内モンゴルもチベットも完全に漢人が支配しているからである。
 そうしたなかで最近、アメリカと中国の関係がブッシュ大統領の当初の政策から大きく変わって、イラク戦争や北朝鮮問題での中国の協力が必要だとして、対中宥和政策に傾いてきている。かつてブッシュ大統領は中国を二度訪問し、いずれの機会にも当時の江沢民主席の前で、「反テロリズムへの米中協調が中国国内の少数民族の抑圧につながってはならない」と念を押していた。ところが、最近はアメリカ自体が中国に非常に宥和的な手を差しのべている。例えばその一環として、新疆ウイグル自治区に歴史的に存在してきた東トルキスタン独立運動のイスラム指導者ハッサン・マッスムは去る十二月、パキスタンとアメリカとの合同演習の犠牲になってパキスタン軍に射殺されたと伝えられている。
 本来アメリカはウイグル族の独立運動、イスラム・トルキスタン運動にもかなりの共感を示していたのに、アメリカはそれを犠牲にしても北京と手を結ぶという政策に変わりつつある。私自身はやがて米・中が新冷戦的に対決するだろうと思うが、そうした状況のなかでわが国は、本来、米中間でも極めて重要な役割を担っているはずである。
 同時に台湾との関係では、本当に台湾のことをわかっているのは実は日本のはずであり、台湾の存在が本当に必要なのは日本なのである。そのことをアメリカに十分説明し、アメリカ自身が独立戦争を勝ち取った経緯からしても、台湾の民意が、もし独立を求めるならば、そうした選択をしようとすることに対してアメリカが十分な理解を示すことが必要だと説得しなければいけない。実質的に台湾はすでに独立主権国家なのだが、李登輝氏らはまずその一歩として「台湾」に名前を変えようとしているのだ。
 そのような選択は単に台湾の民意を尊重するということだけではなく、巨大な中華世界を新しく改造し、再編していくことへの間接的な貢献にもなるであろう。
 十三億人からさらに十五億人になる中国が、今のような共産党独裁政権下で国威発揚の大中華ナショナリズムを掲げ、「二十一世紀は中国だ」という形でいくことが、果たして中国の民衆にとってベターな選択なのかどうか。これは中国自身が選択することであるが、そのような選択肢を中国の民衆が奪われている現在、わが国としては、中華世界の変動の可能性という視野の中で問題を設定していく必要があろう。
 日中関係は非常に近い国際関係であるだけに、日本は十分な戦略的思考によって中国に対処し、日本の外交政策全体につなげていくべきである。しかし、現実は全くそれと乖離していて、冒頭に見たように、中国という大国に阿って台湾という小国を侮る政策が公然と行われている。この姿勢を世論の力やマスメディアの力で是非改めていくべきだと考えるところである。
中嶋嶺雄(なかじま みねお)
1936年生まれ。
東京大学大学院修了。
東京外国語大学助教授、教授、同大学学長を歴任。現在、国際教養大学学長。
 
 
 
 
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