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私はこう考える【中国について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2004年9月号 学士会会報
中華世界の変動と日本
中嶋嶺雄(なかじまみねお)
はじめに
 本日は多数お集まりいただきまして、大変光栄に存じます。
 学士会館の南側玄関の脇に「東京大学発祥の地」という石碑がつくられております。じつは私、東京外国語大学の学長の時、大学の歴史を全四巻つくり、この学士会館の交差点を挟んで斜め前、学術総合センターの如水会館寄りのところに、「東京外国語学校発祥の地」という石碑を建てた次第でございます。
 東京外国語大学の前身になる東京外国語学校は、明治六年十一月四日に、この一ツ橋通町一番地に開校したという、大変古い歴史を持っておりますが、神田の大火、関東大震災、東京大空襲などの戦火や震災に遭い、大学の歴史をまとめたもの等がなかったために、私が学長時代にいちばん時間を費やしたことのひとつは、大学史の刊行であったわけです。
 いろいろ調べてみますと、文部省ができたのが明治四年。翌々年、開成学校の語学生徒と、ドイツ学教場というドイツ語の研修所と、外務省から文部省に移管された語学所が一緒になりまして、東京外国語学校が設立されました。その淵源は、安政四年の蛮書調所で、その当時九段坂下にありまして、百九十三人の生徒を採ったことが明らかになりました。これはまさに翻訳、通訳の要員を採ったわけであります。こうして東京大学と淵源を一にする東京外国語学校が、明治六年の十一月四日にできました。
 当時の東京外国語学校については、ロシア語のお雇い外国人教師のレフ・メーチニコフが、『回想の明治維新−ロシア革命家の手記』(岩波文庫)という本で、「大変な人気であった」と書いています。おそらく、これからは本当に英語が重要だ、必要だという雰囲気が、明治維新直後にはあったのだと思われます。
 当時は十一歳ぐらいで東京外国語学校の生徒になっています。語学を学ぶのは若ければ若いほどいいということも、証明されていると思いますけれども、そのなかに、南部藩の藩士の三男として生まれた新渡戸稲造、横浜の貿易商の次男として生まれた岡倉天心、同級生には内村鑑三と、柔道を国際スポーツにした嘉納治五郎など、近代日本を担った錚々たる人物が、生徒として入ってきたのですね。
 新渡戸稲造は、やがてクラーク先生を慕って内村とともに札幌農学校に行くわけですけれども、その前にまず東京外国語学校で英語を学んだ。天心もまず東京外語で語学を学んだという事実も発掘いたしました。やがて新渡戸稲造は『武士道』という、日本の精神、日本の倫理についての、じつに素晴らしい著作によって世界に知られるわけですが、これはみんな英語で書かれている。英語を英語で教わったという経緯から英語の力がついて、今度は自ら英語で発信するようになったということであります。
 いまの外国語教育を見てみますと、大学を出てもろくに英語も話せないというのが現状です。こういう状況のなかで、全ての授業を英語で行う国際教養大学が、全国初の公立大学法人として秋田県に設立され、私は初代学長に就任いたしました。この四月の開学の式典で、新渡戸稲造の『武士道』のことを取り上げて、「まさに二十一世紀の新渡戸が生まれて欲しい」という希望を申し述べた次第です。
 以上、意外に知られておりませんので、ちょっとご紹介方々、前置きにさせていただきました。
中国が抱える矛盾
 さて、本日は、「中華世界の変動と日本」ということについてお話することになっております。
 いま、中国が非常に注目されていて、二十一世紀は中国の世紀ではないかとか、中国は世界の工場だというようなことが盛んに喧伝されているわけであります。確かに、毛沢東時代のいわば「貧困のユートピア」を求めた時代から、小平さんが「毛沢東思想」をひっくり返して市場経済を導入し、今日に至っているわけですが、その中国は実に様々な問題を抱えております。
 確かに中国はこの二十数年間、八%、九%という目覚ましい経済成長を遂げています。しかしながら、その反面、そこに蓄積された矛盾も凄まじいものであります。いま、まさに全中国が安物の建物を造っては崩しというような工事現場のようになっていて、建設、開発が進んでおりますけれども、その反面で、環境破壊は凄まじいし、今年の六月四日は天安門事件の十五周年ですが、人権であるとか民主化という点では、依然として世界の趨勢とは違っていて、中国共産党の一党独裁が続いている。そういうなかで、いわば歪んだ経済発展の様々な問題がここに出てきているわけであります。
 よく言われる、貧富の差、沿岸地方と内陸との経済格差も、じつに凄まじい限りでありまして、わが国のように全国どこへ行ってもそんなに差がないというのとは違って、内陸、あるいは沿岸地方でもちょっと農村地帯を自分の足で歩いてみますと、玄関先の北京や上海とまったく違った光景が、そのまま存在しております。
 私は学長として、あるいは公人として中国を訪れる以外に、二年に一度は、自分で汽車の切符を買い、日本人の泊まらないような中国式の旅館に泊まって、一研究者として徹底したフィールドワークをやっております。そういう時に目の当たりにする中国と、北京で関係者に迎えられて車でホテルに行って、用務を済ませて一日ぐらい観光して帰ってくる公式訪問の時の中国とは、本当に大きな違いがあるわけであります。
 発展している部分は、まさに非常に目覚ましい限りの変貌を遂げておりますが、他方ではまったく変わらない中国が、依然として存在している。同じ北京や上海でも陽の当たる場所とそうでない場所との格差は実に大きい。従って、私どもは中国を見る場合に、複眼的な判断をする必要があります。かつての文化大革命の時も、「毛沢東思想」礼讃というか、歴史に残る人間革命だという評価が、日本にもかなりあったし、マスコミも含めて、日本人の悪い癖で、どうしても一辺倒な評価になってしまうんですね。
 中国は非常に複合的というか、二元論、陰陽という歴史的な価値観も常に並立しているように、表向きと裏側との違い、本音と建前があって、我々自身がそれを全体的にとらえる座標軸を持っていなければいけない。つまり、玄関先だけものすごくピカピカに磨いていて綺麗で、そこだけを見て中国だと思ってはいけないし、内側を覗いてみると、大変な凄まじい限りの社会的混乱、貧困、不潔、環境破壊等が、限界点に来ているような気がいたします。
 従って、これらを全体的にとらえるには、複眼的な座標軸を、いかに我々がもっているか、ということがポイントとなります。そして、私がいつも強調しておりますのは、常識のレンズで中国を見て欲しいということです。どうも日本人は、中国というと、いろいろの感情が加わりがちで、歴史的にも文化的にも中国の影響を受けてきたということから、他の外国を見る時と違って、ある種の親近感をもったり、いろいろなシンパシーがあったり、あるいは嫌いな人は嫌悪感をもつというように、情緒的な反応をしてしまうんですね。どうも常識のレンズが曇ってしまう。そのことについて、きょうはお話してみたいと思います。
データでみる中国
 常識のレンズと言った場合には、まず客観的なデータを押えておくことが必要だと思います。
 中国は広い、大きい。これはその通りなのですが、データで見ると、中国の人口は現在十三億、間もなく十五億になるとも言われ、日本の十倍以上の人口を持っています。面積は日本の二十六倍あります。しかし、人間が住める居住空間は、中国の場合、日本列島の三倍ぐらいしかないのです。あとははげ山や砂漠、岩山で、都市および周辺部はものすごく人口稠密で、もう本当に立錐の余地もないような状況にあります。
 経済が発展したとは言っても、農村居住人口は六〇%を超えていますから、まだ農業経済が圧倒的な比重を占めています。農地をもっとつくっておかなければいけないのに、森林被覆率を見ますと、日本は七〇%も緑に覆われていますが、中国の場合はわずか一二〜三%です。こういう客観的なデータを見ただけでも、いまの中国社会が見えてまいります。
 一方では、中国は経済が発展していると言いながら、どうして留学生を装って日本に出稼ぎに来たりするのか。これは、まだまだ日本と中国との間に経済的な格差、一人あたりのGDPに換算すると四〇対一ぐらいの格差があるわけで、ちょっとでも日本に来てお金を稼ぎたい。そういう予備軍が、農村から都市に流れ込み、都市部の失業率が実質的にはいま二〇%ぐらいになっていますから、なかなか職がないし、何とかして日本に行ってお金を稼ぎたいというような実態があります。
 これを世界全体のGDPで見てみますと、中国は「発展した、発展した」と言われながら、わずか四%です。日本はこんなに不況だと言われながら、世界全体のGDPの一五%を占めています。アメリカは三五%前後を占めていますから、日本とアメリカを合わせたGDPと中国を比較すると、一〇対一ぐらい、十分の一にしかなっていないということは、つい最近の世界銀行の一番新しいデータが示しております。
 中国については、そもそも統計データがおかしいのではないかという議論も、一方にあります。この問題を提起したのは、ピッツバーグ大学のトーマス・ロウスキー教授で、二〇〇一年十二月に、「What's happening to China's GDP statistics?」という、大変衝撃的かつ説得力のある論文を、『チャイナ・エコノミック・レビュー』に発表し、中国の統計データに疑問を投げ掛けています。非常に説得的だというのは、ロウスキー教授が、中国の統計を使って中国のGDPの問題点を批判しているということです。
 たとえば、一九九八年から二〇〇一年までの四年間、中国は毎年、八%前後の成長を遂げています。累積では三四・五%、中国のGDPは増えたと。それなのに、エネルギーの消費を見ると、ほとんど増えていないどころか、マイナス五・五%である。経済が発展すれば、当然、エネルギー消費が増えなければおかしいではないか。これはなぜか。都市の雇用は、四年間で〇・八%しか伸びていない。そんなに経済が活況を呈しているならば、当然、雇用も増大するはずなのに、ほとんど増えていないのはなぜか。消費者物価指数を見ても、マイナス二・三%である。経済が発展していると、どうしたってインフレ傾向になるのに、消費者物価指数はマイナスである。
 これらのことを含めて、ロウスキー教授は、中国の統計そのものの信頼性に根本的な疑問を投げ掛け、かつて「大躍進」政策の時は、「これだけ生産が上がった」といって末端や各省・自治区の幹部が水増しのデータを出して、中国共産党は大変な自己批判をしたけれども、いまでも自分たちの業績を競って出世するために、みんな水増しをしていると指摘しています。
 そんなことがあり得るだろうかと思ったのですが、中国の学者とこの点を議論したところ、中国で正式に出ている統計年鑑も、各省・自治区の合計を足すと全国の数字よりも多くなってしまうんですね。正式な統計年鑑でさえ、誰が見てもすぐわかるようなデータの問題点がある。各省・自治区がそれぞれ自分のところがいかにも業績がいいというふうに競うわけです。
 これが本当だということがわかったのが、昨年のSARSの事件でした。四月二十日にSARSの問題がすでに発覚していたのに、中国国務院の衛生部長、つまり厚生大臣が、ずっと事実を隠蔽してきた。香港のメディアやニューヨークの「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「ワシントン・ポスト」等、西側諸国のメディアは中国のSARSについて警告を発して、「中国を隔離せよ」という社説も出ていたのですが、「中国にはそんな病気はない」と言って隠していたために、結局SARSがあのように蔓延してしまったんですね。そして、北京市長も責任をとらされて更迭されました。
 SARSの問題にも関連して、六月に中国の国家統計局が、各地方の末端組織に対して、「統計の水増し、あるいは改鼠をすべきではない」という通達をわざわざ出しています。こういう状況は、近代国家ではちょっと考えられないわけで、ここにも大きな問題があったような気がします。
環境破壊
 経済発展の一方で、中国では環境破壊が凄まじいということを私は強調しなくてはなりません。この環境破壊は、日本にも黄砂がやってくるというようなことだけではなくて、エネルギーの消費問題、あるいは食糧問題にもやがて結びついていくのではないか。アメリカのシンクタンクのレスター・ブラウンなどは、「やがて二〇三〇年ぐらいになると、中国が世界の輸出穀物を全部食べ尽くしてしまって、食糧が足りなくなる」と警告しておりますけれども、中国は農業国でありながら、いま、食糧も輸入しています。
 エネルギーも、とくに石油が不足してきて、しょっちゅう停電が起こる。石炭もない。水の問題も深刻です。環境破壊のために河川はみんな汚染され、きれいな水がほとんどない。二〇〇九年に長江三峡ダムが完成するのに合わせて、上海から重慶まで、現代の万里の長城だといわんばかりの、ダムと一体化したスーパーハイウェーも造ろうとしていますが、これも風光明媚な渓谷を寸断してしまう環境破壊です。皆さんも「朝に辞す白帝彩雲の間、千里の江陵一日にして還る。両岸の猿声、啼いて住ま(やま)ざるに軽舟、已に過ぐ万重の山」という、有名な李白の詩「早発白帝城」をご存じだと思いますけれども、この辺りも岩をブルドーザーで崩して、大工事をやっています。長江の水は濁ってゴミだらけ、泥だらけです。
 黄河の断流は、もうきわめて深刻です。中国の国土が非常に荒れ果ててしまっているという印象がありますので、このまま一瀉千里で経済発展を続けていくと、二〇〇八年の北京オリンピック、二〇〇九年の三峡ダムの完成とスーパーハイウェーの完成、そして二〇一〇年の上海万博あたりで、臨界点に達するのではないか。そして、もしも一度バブルが弾けたら、これは大変なことになると私は思うのです。
 中国のこれまでの経済成長というのは、自前で、つまり汗水たらして働いて蓄積した富で産業構造の転換を図ったという、近代国家がやってきたプロセスを経ていない。「中国はこれから発展するよ」と大声で叫んで、外国の投資を引きつけて、沿岸地方から発展していったわけです。中国のGDPの大半は外国の投資によるものであって、産業構造は依然として転換しておりません。バブルが弾けて、外国の投資が一斉に逃げ出したらどうなるか。こういう問題が出てきはしないか。従って中国は、「これからも発展する、発展する。中国に投資したら大いに儲かる」と言い続けなければならない。この構造がいつまで続くのか。わが国の企業もだいぶ中国に投資していますが、実際に利益を上げているところは、じつはそんなに多くありません。マスメディアはうまくいったところだけを紹介し、成功例が脚光を浴びますが、この間もある流通産業のトップが、「もう絶対に中国には投資したくない」と言っていました。よほど痛い目に遭ったらしいのですが、こういうところは、あまり新聞に出ません。
 かつて、中国に進出したヤオハンが失敗して撤退しましたが、建物は残っていて、上海のネクテステージ21という、アジア最大のスーパーマーケットはありますし、ヤオハン本体が倒産したのに、「ヤオハン(八百伴)」という看板が立っている。聞いてみると、その看板があったほうが日本商品が売れるという、非常に強かな、資本家からいくら収奪しても善だというような感覚がまだまだ残っているわけですね。ここに、中国の経済についての大きな問題点があるような気がいたします。
台湾の経済事情
 さて、ここで次に、台湾に目を向けてみたいと思います。台湾では、この三月二十日の総統選挙で民進党の陳水扁候補が再び総統に選出されたのですが、非常に票差が少なかったというので、国民党の連戦候補らが、親民党―元国民党の幹事長をやっていた宋楚瑜さんが結成した新党と一緒に、投票の再集計、票の数え直しを要求しているわけです。最終段階で銃撃事件などもあって、どうもすっきりしないところがありましたけれども、選挙結果を冷静に振り返ってみますと、もう台湾はポイント・オブ・ノーリターン、つまり台湾が中国になることはないんじゃないか、ということが今回、示されたというふうに私は見ています。
 そもそもいまの台湾は、李登輝さんが十二年間かけて民主化を実現し、同時に台湾の政治を大きく変革させ、その政治の変革とともに、台湾人意識というものを非常に強調するようになりました。実際には台湾はすでに独立主権国家でありますので、必ずしも独立宣言をする必要はないと私は思いますし、将来もそういう方向で台湾化を求めていくと思いますが、李登輝さんの後を継いだ陳水扁さんが出た時には、台湾化を求める人たちの得票数は、前回の総統選挙では三分の一だったんですね。連戦さんと宋楚瑜さんが立候補して対立したが故に、漁夫の利を占めて陳水扁さんが当選したとも言えます。
 この四年間、陳水扁政権にもいろいろ問題があって、李登輝さんの時とは違って、必ずしも百点満点はつけられないのですが、台湾化が進んだということは間違いないわけで、得票率が過半数を超えたという意味は、非常に大きいと思います。
 北京オリンピックが開かれる二〇〇八年の次の総統選挙には、おそらくさらに票が上積みされる。そのことによって、憲法改正もあるでしょう。辛亥革命以来の五権憲法ですから、李登輝さんの時代にだいぶ実質的な台湾に則した改正は行われましたけれども、それをさらに大胆に改正することによって、台湾人のアイデンティティーがさらに深まるのではないかと思うのです。
 中国はかつて対立していた国民党が政権をとったほうがいいという工作を、今回もいろいろとやりました。外交的に、アメリカや日本も動かして圧力を加えたのですが、アイデンティティーというのは、政治や軍事の力によっても抑えることはできない意識の変化なんですね。ここにいわば台湾の強さがあると思いますし、一度も台湾を統治したことのない中国の根本的な弱点が、そこにあると思います。
中国の軍事力
 中国はいま軍事力を増強し、台湾海峡にミサイルを五百機ぐらい並べています。また、中国は海洋覇権を確立しようとして、最近日本との間に尖閣列島や沖ノ鳥島の領有権の問題などが出てきていますし、神舟五号を打ち上げて宇宙覇権も確立しようとしているのですが、果たしてその対外戦略がうまくいくかどうか。とくに、台湾政策がうまくいくかどうか。肝心の台湾は、益々中国から遠ざかっていきつつあるような気がいたします。
 そもそも今、中国を攻めようとする国があるでしょうか。どこにもないですよね。それなのに、なぜ軍事力だけを毎年、対前年比二桁の増強を図ってきているのか。「政権は銃口から生まれる」というのは毛沢東軍事思想でしたが、天安門事件以来、やっぱり力だという形で、中国は大変な軍事力を増強しています。二桁増強しているのは国防費であって、全国人民代表大会で数字が出ますが、実際に表に表れない軍事費は、その三倍以上あるというのが、我々専門家の常識です。
 神舟五号という有人宇宙船の打ち上げにしても、中国の場合、すべて軍事目的に結びついた宇宙開発ですから、短距離ミサイルの誘導装置をそのままロケットに使っているわけですね。これらは、人民代表大会に出てくる国防費に入っていません。こういう問題があるわけですが、いかに中国が軍事力を使って台湾に圧力をかけようとしても、すればするほど逆に、台湾の人たちのアイデンティティー、台湾人意識が深まっていくのではないかと思います。
中国の世界秩序観
 台湾は長い中国の歴史と伝統のなかで、どのように位置づけられていたのかを見てみますと、先ほど、一度も中国に統治されたことがないと言いましたが、これは一九四九年、中華人民共和国成立以後のことです。昭和二十年(一九四五年)まで、台湾は日本の統治下にありました。その間は中華民国、つまり国民党が支配したとはいえ、これは中華人民共和国、いまの中国ではないわけです。
 台湾と中国との関係は、歴史的にはどうなのか。歴史的に見ますと、より一層、台湾は中国ではないんですね。中国はアジアにおいて最も古い歴史と伝統を持ち、いわば世界秩序観というものを持っています。その世界秩序の、対外的な意識の表れが、まさに中華思想なのですね。常に自分が世界の中心である、宇宙の中心である。そうした自民族意識、エスノセントリズムが非常に強い。このところしばしば問題になる中国の「反日」の心理も、ここに土壌があると思います。
 この中華世界の構造というのは、どこから来ているのか。これについては、私も生前親しくさせていただいたハーバード大学のジョン・K・フェアバンク教授が『ケンブリッジ・ヒストリー・オブ・チャイナ』という、二〇世紀の世界に残る中国叢書を編集されております。フェアバンク教授は、さすがにきちんと研究している人に目配りをしていて、現代史の部分では、光栄にも私も日本人として一人、寄稿させていただいています。
 わが国には早稲田大学に、亡くなった栗原朋信先生という、大変な碩学がおられました。栗原先生もフェアバンク教授も、中国の世界システム―チャイニーズ・ワールド・オーダー、中華世界秩序をいろいろ研究されていまして、これらの先生方の著作を参照しながら、私なりに図式化してみますと、中国は秦、漢の時代から隋、唐の時代を経て今日に至るまで、秩序認識というのは同じなんですね。毛沢東時代も、小平さんの時も赤い皇帝になっただけで、中華思想的な発想は一貫している。
 今回も中国は、わが国の尖閣列島や沖ノ鳥島まで、中国の領土だと言い始めています。尖閣列島の問題が起こった一九七〇年前後、ECAFEのアジア極東委員会の海洋調査で、海洋資源や海底油田があるということが明らかになって領有権を主張しはじめたんですが、それまでは一切、そんな主張はしていませんでした。中国は尖閣列島の時に、「東シナ海の島や大陸棚は、全部長江(揚子江)の堆積によってできたんだから、中国の領土だ」という、まさに中華思想的な論理を展開し、「そんなばかな」と、いわば高をくくっているうちに、既成事実をつくって南シナ海の西沙群島、さらに南沙群島は、もうほとんど中国の実効支配に近くなってしまっているわけです。
 そうした中国の世界秩序観の中心にいるのは、皇帝でした。天帝が皇帝を天子に命じて、その天子が統治する。治世がうまくいかなくなると、天によって天子、つまり中華皇帝が交代させられる。易姓革命−姓を変えるんですね。中国は歴代、たくさんの王朝が姓を変えてきました。そして、命を改む。革命というのは命を改むのでありまして、その中心にいる中華皇帝というのが、世界の中心であります。
中華世界秩序の同心円
 その中華皇帝の周辺には、内臣の諸侯がはべっています。内臣の諸侯は、法と礼と徳によって、中華皇帝に感化されなければいけない。そして、その周辺には外臣の諸侯がはべっています。それは、法は免除されても、徳と礼によって感化されなければいけない。そしてその外延にあるのが、いわゆる朝貢国です。トリビュート・システム―朝貢制度によって、それらは徳によって感化されなければいけない。こうして中華皇帝の影響下にある地域全体が、中華帝国の版図である、こういう意識構造がずっと存在してきました。漢書や史記を読んでもそうですし、現代の中国の政治的な主張を読んでもそうです。
 そして、わが国は朝貢国かというと、朝貢国ではなかったのですが、二つの問題があるように思います。一つは、琉球王国が直接、中国に貢ぎ物を贈っていました。琉球は朝貢国だったのですね。従って、守礼の門というのはまさに、中国の皇帝の礼の影響と徳の影響を受けている。実際には徳だけを受ければいいのですけれども、そこはいわば、主従の関係を誓うシンボルと言っていいと思います。日本から遣唐使や遣隋使が行ったように、琉球からは官生(かんしょう)というお役人が、まず対岸の福建省の都である福州に行き、やがて北京に行く。これは、北京図書館に古い琉球語の辞典があったということを研究している方がおりまして、それにも表れているわけです。
 もうひとつ、わが国は中国の儒教の影響を徹底的に受けただけではなくて、律令制度、つまり法も取り入れている。奈良や京都という都のつくり方も、西安や北京と同じようなつくり方をしているわけです。一方、中国の宦官のような、身を宮刑に処せられて皇帝にはべるような制度は受け入れていなかった。日本人の生理感覚にはとうていなじまなかったのでしょう。にもかかわらず、中国から見ると日本は中国の属国であるという意識をついつい持ってしまう。
 中国特有の秩序観は、故宮、紫禁城、つまり皇帝の住まいを中心とする、都市のつくり方にも表れています。たとえば天安門を潜る。天安門で圧倒されていると、その次に端門という門があって、まだ中が見えない。それに驚いて圧倒されると、今度は午門がある。これで終わりかというと、まだ太和門があって、そして太和殿というところがあって、そこから内裏に行くんですね。天皇・皇后両陛下のご訪中の時も、日本の皇室が初めて中国を訪問される時に、そういうルートを通るということになりますと、まさに朝貢国と見なされる。これは実際に私も強く進言させていただく機会がありまして、團藤先生もその時にご一緒したのですが、結果的に車を横付けして、故宮博物館、紫禁城を見学されたのは、非常によかったと思うんです。
 もうちょっと中華世界秩序の同心円を考えてみますと、中華帝国の外にある朝鮮もベトナムも日本も、みんな中国の影響を受けているのに、中国のすぐ近くにいながら、中国の文化を受け入れなかった国、儒教の影響を受けなかった国もありました。モンゴルやチベットといった国は、非常に大きな独自性、アイデンティティーを持っていたわけです。そのチベットもモンゴルも―この場合は内蒙古ですが、いまや政治的な力はありません。ほとんどひとつの中国のなかにあるごとく、ますます中国化されていっているわけです。
 その対隣の地からまた遠くに隔たったところは、まさに絶域です。たとえばイギリスなどはそこに位置づけられます。絶域から使節が中国へ来た時に、皇帝に拝謁するにはどうするのか。阿片戦争よりも半世紀以上前の一八世紀の後半に、マカートニー使節団が中国を訪れた時に、まさに叩頭の礼で、三拝九拝を強いられた。絶対にそんな屈辱的なことはしたくないというマカートニー使節団は、ついに皇帝に会うことができずに帰って行ったわけです。
 それでは台湾はどうか。じつは、そういう中華世界秩序の外側にあったのが、台湾なのです。台湾は、日清戦争によって日本の統治下になり、日本の植民地支配によって台湾の人たちは初めて、たとえば衛生とか教育とか、文化に目覚めて、それを知るようになったわけで、それまではまさに化外の存在であった。
 かつて香港がそうでした。阿片戦争の後、イギリスが香港を領有することになった時に、グラッドストーンは、いまでいうとリベラルな政治家として、大演説をしました。アヘンを売って香港を領有するというのは、大英帝国の名誉に係わると、そう言って反対したんですけれども、結果的に九票の差でイギリスは香港を領有することになりました。イギリス国内でそこまで反対があったのは、グラッドストーンの理念に共鳴したというよりも、「香港なんかもらったって、あんな海賊の島をどうするか」という認識だったのだと思います。当時の香港は、まったく中国がかまったこともないような、無人島のようなところだったのですね。
 同じく台湾もそうでありまして、台湾は昔から、化外と言われました。これは「けがい」と読む人もいますけれども、「かがい」が正しいと思います。感化される外にあること。つまり、中国の皇帝からすれば、まったくかまう必要もないし、全然視野にも入れていない。歯牙にも掛けられていなかったのが、台湾なんですね。
 そこを日本が領有することによって、いわば台湾にアイデンティティーが生まれてきた。たとえば旧制高校。児玉源太郎のような立派な人が、第四代台湾総督に赴任し、後藤新平を民生局長に登用します。後藤新平が行政をきちんと司る。後藤は新渡戸稲造を台湾に招き、新渡戸はサトウキビの品種の改良と耕作方法改善に努めました。土木局の八田與一が烏頭山ダムと灌漑用水路をつくり、嘉南平野が穀倉地帯に変わる。「これらはみんな日本のお蔭だ」と、李登輝さんは言ってくれているわけです。
 李登輝さんは、教養というものを非常に大事にされる方です。京都帝国大学の農林経済科に入られましたが、終戦直前の昭和十九年に徴兵になり、習志野の高射砲隊に配属されている。李登輝さんの教養主義というのは、じつは台湾における台北高校で培われた教養なのですね。たとえば、新渡戸稲造の軽井沢における『衣装哲学』講義録―皆さんもお読みになったかと思いますけれども、トーマス・カーライルの『サルトル・リザータス』という、非常に難しい哲学書を、新渡戸は毎夏軽井沢に台湾の製糖会社の幹部たちを集めて講義していた。李登輝さんは台北高校で『衣装哲学』と出会い、英文で読むのは大変なので、新渡戸稲造の講義録を取り寄せて読んでいる。これはまさに、台北高校がいかに教養主義に優れていたかを示していると思います。
 『衣装哲学』というのは、人間にとって衣装というのはあまり哲学的な考察の対象になってこなかったわけですけれども、衣装がなかったらどうなるのかということを哲学的にも考察して、自分の人生の変転とともに、自己否定からやがて永遠の肯定に至るという人生観、まさに司馬遼太郎さんが『台湾紀行』で、「台湾人の悲哀」に共鳴したのと同じようなことを、カーライルはトイフェルスドレックというちょっと風変わりな大学教授に託して、語っているんですね。
 こういうことを、日本の統治下にある植民地の台湾の人たちにできたということは、もっと評価されてもよいのではないでしょうか。今年は日露戦争百周年ですけれども、日本の戦前をすべて否定するのではなくて、とくに台湾との関係では、日本の役割というものをもっと冷静に評価してみる必要がある。日本人自身が、ようやく自らの歴史、近現代史を相対化しようとする時に、台湾の人たちが非常に日本の統治というものの実績を評価してくれているということは、非常にありがたいことであって、これを日本外交はまったく視野に入れていないのが、今日の現実であります。しかし、これは、台湾が、今後益々アイデンティティーを強めていくなかで、日本にとっても非常に重要な問題を突きつけられているのではないか。
多元的中国へ
 最後にもうひとつ、香港の最近の状況に触れてみたいと思います。香港は、温家宝首相が外交デビューをしようとした昨年の七月一日、まさに返還六周年の時に、巨大なデモンストレーションが起こりました。中国化が進む香港で、もうこれ以上黙っていられないという、香港の民主党の人や、「前線」という非常にラディカルなグループのエミリー・ラウという“香港のジャンヌ・ダルク”と思われるような大変に美貌の才媛が中心となって、デモを組織した。これは、香港はイギリスの植民地からやがて中国に返還されて、いつでもどこへでも逃げられるというような感じを持っていた香港の人たちにしてみれば、初めて香港人としての政治意識、アイデンティティーを深め始めているんですね。そして、デモに立ち上がって、董建華さんが中国の言いなりになって香港の自由を徹底的に奪おうとした、国家保安法、戦前の日本の治安維持法のような法律に反対して、今日に至っています。
 そして、この香港の人たちは、「自分たちは鳥籠の中の自由、鳥籠の中の民主主義だ。一国両制というのは、中国が言っているいわば欺瞞である」と、去年の夏に台湾に行って、彼らと連帯したんですね。しかも、言葉は北京語を使いましたけれども、広東語と南語、いわば台湾語との間に大きな違いがあるように、台湾人と香港人が一緒になって政治的な問題でこんなにスクラムを組んだということは、歴史始まって以来、初めてのことです。
 ある意味では、中国が、「中国はひとつだ」と言えば言うほど、いま中国の周辺から、それに対する異議申立てが起こっている。これが、やがて中華世界の変動につながっていく可能性があるのではないか。そして中国は、ひとつの中国という形であの巨大な存在が一体化することよりも、いろいろな多元的な中国になっていくことが、中国のためにもよりよい選択ではないか。これを実証しつつあるのが台湾であり、香港であるかもしれない。こうした問題を考えながら、私は中華世界の変動を皆さんとともに、今後も見据えていきたいと思っております。長い間、ご清聴ありがとうございました。
中嶋嶺雄(なかじま みねお)
1936年生まれ。
東京大学大学院修了。
東京外国語大学助教授、教授、同大学学長を歴任。現在、国際教養大学学長。
 
 
 
 
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