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私はこう考える【中国について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2002年7月号 Voice
日中は理解しえない間柄
岡田英弘(おかだひでひろ)
(東京外国語大学名誉教授)
 
 古代から現代まで駆け足で日本文化の層を見てきたが、日本の文化の形成について、中国の影響を抜きに考えるわけにはいかない。古代の日本成立においても、また、その後の思想的な影響においても、中国は圧倒的な存在感をもっていた。岡田英弘氏は、かつて膨大な漢籍を渉猟して古代の倭国から日本国への移行を描き出し、近年はモンゴル帝国の歴史を描いて世界史の誕生を論じた。その岡田氏が「日本人は中国のことは何も知らないと思って中国を見るべきだ」と語っている。中国は、日本人が思っているような国ではなく、中国人をも誤解しているというのだ。私たちが漠然と考えている中国とは何なのか、そして、現実の中国とはどのようなものなのか。
 ――日本が中国の大きな影響を受けてきたことは、間違いないことだと思います。ところが先生は、だから注意すべきだといわれていますね。
 岡田 日本人は中国人のことを知っていると思っている。だから、中国人は日本人のことを理解可能だと信じ込む。しかし、それは両方とも誤りなんです。日本人は中国人を理解していないし、中国人も日本人を理解していません。ことに中国人は未来永劫、日本人を理解することはないでしょう。それどころか、中国人は世界中の人間を理解できないんです。
 そういっても、簡単にはわからないと思いますから説明しますが、中国人の世界では中国人と外国人という対立は存在しないんです。中国人は自分だけ。
 ――自分たちだけが、この世界に存在しているということですか。
 岡田 自分たちではなく、自分だけです。それぞれの人間が、自分だけのために生きているんです。しかも、中国人はそういう生き方をするのが、人間の普通の生き方だと思っている。そのことがわからないと、中国人の行動がさっぱり理解できないことになります。
 日本人は中国人に深い興味をもっていますが、中国人はまったく日本人に興味をもっていません。中国人が書いた日本人論なんてほとんどない。明治時代の半ばから、これだけ日本の影響を受けていながら、それを自覚していないんです。
 例外的なのが黄遵憲の『日本国志』(一八八七年)四〇巻ですが、このあとが続かない。一八九四年に日清戦争があって、翌年から清国の留学生が大勢日本にやってきても、近代科学などの摂取に忙しく、日本そのものについて興味をもった留学生はいなかった。
 ――日本の歴史や文化については興味がないのですね。
 岡田 黄遵憲の本から四〇年の空白を経て、一九二八年に戴伝賢の『日本論』が出ますが、戴伝賢は日本人がいかに中国について深い関心と興味を示してきたかを述べたうえで、逆に中国人がいかに日本について興味をもたないでいるかを嘆いています。「私が思い出すのは、以前に日本で勉強していたとき、何人も同級生がいたが、ほとんどだれも日本文、日本語を研究したがらなかった」というのです。
 ――しかし、日本人がこれほど中国に興味をもってきたのですから、日本人は中国をかなり理解しているのではありませんか。
 岡田 残念ながらそうではないのです。中国は昔から日本の先生だった、多くの文化を取り入れてきたと、日本人は思い込んでいますね。だから、日本人は中国のことを知っていると。しかし、日本人が「知っている」と思っている中国とは何ですか。大概の日本人は、漢文に書かれていることが中国だと思っています。たとえば、杜甫の漢詩だとか『論語』の言葉だとか。でも、いまの中国人は漢詩を見ても何のことかさっぱりわからないし、『論語』などまったく読んでいません。
 そもそも、日本人は中国人は漢民族だと思っているのですが、漢民族は二世紀ごろに滅んでしまっています。日本人は漢文を読んで、中国には信義に厚い、礼を重んじる人たちがいると信じ込んでいるので、現在の中国人と付き合ってみると愕然とするんです。
 ――そこにいるのは、「自分だけ」の原理で行動する人たちということですか。
 岡田 中国人は日本人と接する場合でも「一対一」なんです。自分は中国に属して、中国人として外国人に接しているのではない。こうした世界観から出てくる行動に「指桑罵槐」があります。「桑の木を指さして、槐の木を罵倒する」という意味です。たとえば、中国は日本の教科書を激しく批判したり、尖閣列島問題で日本を非難しますが、じつは批判や非難の相手は日本ではなくて、中国国内の政治的ライバルであることが多い。
 中国人は、どんなときも自分が絶対的な多数派であると信じることができないんです。そこでつねに正面からの対立を嫌うし、つねに言い逃れができるようにしておくのです。熾烈を極めた中国共産党内の権力抗争でも、相手を最後までは追い詰めない。相手が誤りを認めたと公言するまでは絶対に殺したりしない。この点、ソ連の粛清とは異なりますね。
 ――そうした行動パターンは、共産主義のせいではないのですか。
 岡田 これもよく誤解する人がいるのですが、共産主義が現在の中国人の行動を生み出したわけではないのです。たとえば、現在の中国の産業制度ですが、これはきわめて中国的なものです。歴代の中国は総合商社のようなもので、皇帝というのは最大の資本家だった。特産品や高度の技術を要する製品の工場は、皇帝が直営するんです。外国貿易を行なう商人たちにも、皇帝は資本を貸し付けて利息を取るわけです。
 これは、いまの中国経済の仕組みと同じです。皇帝の代わりに中国共産党があるだけで、要するに中国共産党の制度は、かつての皇帝制度そのままなんですね。現在の中国の国営企業をみれば、非常によくわかるでしょう。
 ――しかし、中国もWTOに入ったからには、そのような仕組みではやっていけなくなるでしょう。
 岡田 そうではないんです。中国人は中国という国家が継続して繁栄するなどとは信じていない。継続させなくてはならないという発想がないんですね。あるのは自分が権力を握っているときに、どれだけ自分の蓄えを多くするかということです。企業を経営する人も、せいぜい二、三年もってくれればいいと本心では思っている。その間に投資したお金を増やして回収すればいいわけです。
 だから、日本のビジネスマンは、中国という国を背景にしたビジネスマンと付き合うのだと思わないほうがいい。あくまで中国人とは「一対一」なのです。
 ――だんだんわかってきたような気がしますが、では、私たちが中国の文化と考えてきたものは、いったい何だったのですか。
 岡田 杜甫の漢詩を「国破れて山河あり、城春にして草木深し」と読んだのは、日本人なんです。そこには「国・破・山・河・在、城・春・草・木・深」と漢字が並んでいるだけです。これを読んで、日本人が感傷的な気持ちになるのは、読み下しで日本語にしてしまい、日本人の情緒を投影しているからなんですね。
 また、『論語』を読んで人格を陶冶しようと思うのも、長いあいだかかって日本人がそうした文化を創り上げてきたからなんです。中国ではもう一〇〇年も前から四書五経の素読はなくなりました。でも、日本人はいまでも『論語』から倫理を汲み取ろうとしています。これは、日本人が得をしたのであって、中国人が同じだと考えては間違います。
 私が「中国人はわからないと思え」という意味が、少しご理解いただけたでしょうか。
岡田英弘(おかだ ひでひろ)
1931年生まれ。
東京大学文学部卒業。東京大学大学院修了。
東京外国語大学助教授、教授を歴任。現在、東京外国語大学名誉教授。
 
 
 
 
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